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2010 - 3 / 8

細尾根の藪テレ、そして老人の記憶



谷向こうの右岸尾根は、昨年までで最も奥まで入り込めたルートです。

500m台地へ至る、3つのルート


問題は尾根の前半部分にある三角点ピークで、ここの斜面はつねに雪が深く、かつ密林で、スノーシューでさえ直登はできず、テレマークでの斜登高も毎分5mほどでしか進めず、前半でいきなり体力を消耗してしまうのです。



続きを読む・・・





しょっぱなからあの山の頂まで登ります。
見た目を大きく裏切る、死にもの狂いの直登なのです。
見た目を大きく裏切る、死にもの狂いの直登なのです。


三角点が置かれるだけあって、この裏山随一の展望が開けそうなのですが、あいにくの雪模様・・・。
雪庇の張り出す三角点ピークの山頂


雪庇の張り出しもなかなかのもので、実はストックが雪庇を踏み抜いて、曲がってしまいました。
スキーの時は、足もとだけでなくストックの先も雪庇に気をつけないといけませんね。
ここまででかなり体力を消耗してしまいましたが、気を取りなおして尾根筋を進みます。


さっそく細尾根の洗礼。
細尾根の洗礼


しかも密林。
スキーで行くべきでないことだけは確かです。


パチンコ玉のように木と木の間をくぐり抜け、体のあちこちに青アザを作りつつ四ツ峰との鞍部まで下りてくると、なんとなくかつて人がいた気配が感じられます。


たとえば火の用心。
山奥の火の用心


そして、一度は伐採されたことがありそうなミズナラ。
一度は伐採されたことがありそうなミズナラ


火の用心の看板は、木の幹のかなり高いところに打たれています。
おそらく看板が取り付けられたときには、まだ木も低かったのでしょう。
そしてミズナラは、まだこの里山が里山として機能していたころの記憶を残しています。


広々としたこの鞍部から見える四ツ峰の尾根。
4つの小ピークを越えれば、500m台地のはしっこに出られることは分かっています。
しかしじつは、この段階でぼくはかなり疲労していました。
なにより帰り道が不安でした。


500m台地まで行けたとしても、帰りにまたこの密林の細尾根を登り返すことなど考えられなかったのです。
細尾根を通らず谷筋を下るにしても、その対岸の斜面を降りるにしても、未知のルートで引き返すのなら、体力の残っている今がターニングポイントでした。
頂上への確かな足がかりを掴みつつも、後ろ髪をひかれる思いで引き返すことを決断しました。


帰路は次回のことも考えて、谷に沿って下っていきました。
油断すると谷底へ向かって降りていきそうになるスキーを、なんとか高度を保って密林を進むのは思いのほか困難な作業で、ストックは役に立たず、生い茂る木の幹や枝にしがみつき水平移動する、それはもう沢登りで言う「へつり」に近いものでした。
行きのトレースに合流したときには、安堵感ですっかり力がぬけてしまいました。


薄暗くなり始めた森を、超特急(のつもり)で我が家へ。
薄暗くなり始めた森を、超特急(のつもり)で我が家へ



このルートを、スキーで辿ることは二度とないでしょう。
細尾根の藪テレルート




そして・・・




家の前で装備を解いていると、知り合いのおじいさんが話しかけてきました。


「おやぁ、hamayoさん。
 あんたスキーやんのかえ?。
 よく裏山に行ってるみたいだけど、あんまり変なところ
 行って遭難せんといてくれや。
 おらたちみんなで探しに行かんとなんねーからな。」
 

となりのとなりに住んでるこのおじいさん(Mさん)、じつはスキージャンプで2度のオリンピック代表に選ばれた某選手の親父さんなのです。
そのことはずっと前から知っていましたが、いままで一度もスキーの話をすることはありませんでした。
そのMさんが雪かきの手を止めて、ぼくのスキーを食い入るように見つめています。


「テレマークなんですよ。」


それがきっかけでした。
Mさんは、いまぼくが下りてきた山の方を見ながら、ぽつらぽつらと話し始めました。
遠い昔の話し。
それは、とてもとても興味深い話しでした。



「おらぁ子供のころ、ここに滑降のコースがあってな、よく
 登ったもんだ。
 すんげぇ急斜面だべ。
 止まろうと思っても止まらねーんだ。
 止まるったらコケて止まるしかねーんだけんど、コース
 って言ってもただの林だべ、木がいっぺぇ生えてっからよ、
 危ねぇったらねーんだ。
 行きゃぁ必ず誰か、腕やら足やら骨折して帰ってきて、
 よっく怒られたもんだ。」


はじめのうちは、お年寄りが昔を懐かしんで話す武勇伝のたぐいだろうと、話半分に聞いていました。
でもMさんの話す内容をよく吟味すれば、そうではないことはすぐに分かりました。
尾根と谷との位置関係、斜面の具合や山のかたち、尾根の上から見える風景、それらはこの裏山を繰りかえし歩いた人でなければ言葉にできない種類のものです。


山では負けて帰ってきた今日ですが、Mさんの話しにとても勇気づけられました。
頂上へ至るルートは必ずある、という確信めいたものをしっかりと感じました。


次は残された最後のルート、谷ルートから頂上をめざします。





しょっぱなからあの山の頂まで登ります。
見た目を大きく裏切る、死にもの狂いの直登なのです。
見た目を大きく裏切る、死にもの狂いの直登なのです。


三角点が置かれるだけあって、この裏山随一の展望が開けそうなのですが、あいにくの雪模様・・・。
雪庇の張り出す三角点ピークの山頂


雪庇の張り出しもなかなかのもので、実はストックが雪庇を踏み抜いて、曲がってしまいました。
スキーの時は、足もとだけでなくストックの先も雪庇に気をつけないといけませんね。
ここまででかなり体力を消耗してしまいましたが、気を取りなおして尾根筋を進みます。


さっそく細尾根の洗礼。
細尾根の洗礼


しかも密林。
スキーで行くべきでないことだけは確かです。


パチンコ玉のように木と木の間をくぐり抜け、体のあちこちに青アザを作りつつ四ツ峰との鞍部まで下りてくると、なんとなくかつて人がいた気配が感じられます。


たとえば火の用心。
山奥の火の用心


そして、一度は伐採されたことがありそうなミズナラ。
一度は伐採されたことがありそうなミズナラ


火の用心の看板は、木の幹のかなり高いところに打たれています。
おそらく看板が取り付けられたときには、まだ木も低かったのでしょう。
そしてミズナラは、まだこの里山が里山として機能していたころの記憶を残しています。


広々としたこの鞍部から見える四ツ峰の尾根。
4つの小ピークを越えれば、500m台地のはしっこに出られることは分かっています。
しかしじつは、この段階でぼくはかなり疲労していました。
なにより帰り道が不安でした。


500m台地まで行けたとしても、帰りにまたこの密林の細尾根を登り返すことなど考えられなかったのです。
細尾根を通らず谷筋を下るにしても、その対岸の斜面を降りるにしても、未知のルートで引き返すのなら、体力の残っている今がターニングポイントでした。
頂上への確かな足がかりを掴みつつも、後ろ髪をひかれる思いで引き返すことを決断しました。


帰路は次回のことも考えて、谷に沿って下っていきました。
油断すると谷底へ向かって降りていきそうになるスキーを、なんとか高度を保って密林を進むのは思いのほか困難な作業で、ストックは役に立たず、生い茂る木の幹や枝にしがみつき水平移動する、それはもう沢登りで言う「へつり」に近いものでした。
行きのトレースに合流したときには、安堵感ですっかり力がぬけてしまいました。


薄暗くなり始めた森を、超特急(のつもり)で我が家へ。
薄暗くなり始めた森を、超特急(のつもり)で我が家へ



このルートを、スキーで辿ることは二度とないでしょう。
細尾根の藪テレルート




そして・・・




家の前で装備を解いていると、知り合いのおじいさんが話しかけてきました。


「おやぁ、hamayoさん。
 あんたスキーやんのかえ?。
 よく裏山に行ってるみたいだけど、あんまり変なところ
 行って遭難せんといてくれや。
 おらたちみんなで探しに行かんとなんねーからな。」
 

となりのとなりに住んでるこのおじいさん(Mさん)、じつはスキージャンプで2度のオリンピック代表に選ばれた某選手の親父さんなのです。
そのことはずっと前から知っていましたが、いままで一度もスキーの話をすることはありませんでした。
そのMさんが雪かきの手を止めて、ぼくのスキーを食い入るように見つめています。


「テレマークなんですよ。」


それがきっかけでした。
Mさんは、いまぼくが下りてきた山の方を見ながら、ぽつらぽつらと話し始めました。
遠い昔の話し。
それは、とてもとても興味深い話しでした。



「おらぁ子供のころ、ここに滑降のコースがあってな、よく
 登ったもんだ。
 すんげぇ急斜面だべ。
 止まろうと思っても止まらねーんだ。
 止まるったらコケて止まるしかねーんだけんど、コース
 って言ってもただの林だべ、木がいっぺぇ生えてっからよ、
 危ねぇったらねーんだ。
 行きゃぁ必ず誰か、腕やら足やら骨折して帰ってきて、
 よっく怒られたもんだ。」


はじめのうちは、お年寄りが昔を懐かしんで話す武勇伝のたぐいだろうと、話半分に聞いていました。
でもMさんの話す内容をよく吟味すれば、そうではないことはすぐに分かりました。
尾根と谷との位置関係、斜面の具合や山のかたち、尾根の上から見える風景、それらはこの裏山を繰りかえし歩いた人でなければ言葉にできない種類のものです。


山では負けて帰ってきた今日ですが、Mさんの話しにとても勇気づけられました。
頂上へ至るルートは必ずある、という確信めいたものをしっかりと感じました。


次は残された最後のルート、谷ルートから頂上をめざします。

投稿者 hamayo : 22:01 | コメント (0) | トラックバック (0)

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2010 - 3 / 2

岩稜ルートから裏山最高峰をめざす


裏山といっても、大きな川や深い渓谷があるわけじゃないので、その気になれば塩丸や大登山、余市岳にだって行けるのですが、林道なども含めて道路をまたがずに行ける範囲に絞れば、501m標高点がある通称「500m台地」が裏山の最高峰になります。
そこへ至るルートは、

A:家がある谷をそのまま詰めていくルート
B:右岸の急峻な三角点ピークの細尾根を辿るルート
C:左岸の岩稜ルート


の3つで、そのいずれもがそれぞれ難所を抱えています。


500m台地へ至る、3つのルート


地形図上から読み取れる難所は、

A:500m台地直前の、壁のような急斜面。谷は雪崩の危険も。
B:細尾根の上には、地図に現れない小ピークがいくつも続く。
C:岩稜ルートは、それ自身がスキー登山の大きな障害です。


この中でもいちばん数を歩いてる、C:岩稜ルートから500m台地をめざしてみましょう。
今冬はひさしぶりの大雪。
岩が雪で埋まっていることを期待して。


裏山フィッツロイ
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓


続きを読む・・・


このルートのいいところは、玄関を開けて5秒後には尾根に取付ける手軽さです。
家の前の、除雪車が作った雪壁を乗り越えたら、そこはもう裏山のまっただ中。


動物くんと、めざせ裏山最高峰。
動物くんと、めざせ裏山最高峰。


お気に入りの野良ゲレンデをすぎると、じきに密林の細尾根となります。


1月のこの時期、まだ雪庇もかわいいもんです。
この頃はまだ雪庇もかわいいもんです。


見えてきたピークは、この尾根の最初にあらわれる岩塔です。
シーズンの初めごろは、いつもコイツに行く手を阻まれていました。
スキーで越せない岩稜帯なら、どちらかの斜面を巻けばいいのですが、里の山らしからぬ急峻な斜面で、それもままならなかったのです。


ですが、1月も下旬をすぎると、雪も深くなってきます。
ぼくの気合いもちがいます。
背中にしょったスコップは、ルート工作のための武器なのです。
スキーを脱いで、スコップ一本。
斜面の雪をひたすらカットして、スキーで通れるルートを開削していきます。


春には消える、hamayo新道。
春には消える、hamayo新道。


岩を越えてはまた尾根に戻り、また岩があらわれれば巻き道を作って越えていく。
消耗が激しい登行を続けていくうちに、これまでの野良スキーでは感じたことのない、充実感というか手応えのようなものが感じます。


しかし、行けども行けども岩は尽きません。
地形図では、この尾根上にある岩場は二ヶ所で、それぞれがひとつの小ピークだと思っていたのですが、どうやらこの尾根全体が岩でできていて、その中でも顕著に突き出ている場所が二ヶ所、ということのようです。


そしてついに、右も左も巻くことができない、そそり立つ岩に直面します。
ひとまずスキーをぬいで、岩のてっぺんへ偵察に行きますが・・・




残念ながらこれ以上は難しいようです。
岩稜はこのさきも延々と続き、こんな感じの岩がいくつもひかえていました。
スキーではちょっと無理ですし、確保なしの単独で登っていく度胸もありません。
このルート、負けを認めるしかないようです。


遥かなり500m台地・・・
遥かなり500m台地・・・


帰り道、夕陽のあたる野良ゲレンデで。
帰り道、夕陽のあたる野良ゲレンデで。


たぶん、このルートはもうダメでしょう。
裏山岩稜ルート


生物の進化の行き止まりのようなものです。
たとえば別のルートから、岩塔群の向こうがわの、尾根のより上部に飛び出すような方法を考えない限り、ダメだということです。


次は、谷をはさんで反対側の、右岸細尾根ルートで挑戦です。



このルートのいいところは、玄関を開けて5秒後には尾根に取付ける手軽さです。
家の前の、除雪車が作った雪壁を乗り越えたら、そこはもう裏山のまっただ中。


動物くんと、めざせ裏山最高峰。
動物くんと、めざせ裏山最高峰。


お気に入りの野良ゲレンデをすぎると、じきに密林の細尾根となります。


1月のこの時期、まだ雪庇もかわいいもんです。
この頃はまだ雪庇もかわいいもんです。


見えてきたピークは、この尾根の最初にあらわれる岩塔です。
シーズンの初めごろは、いつもコイツに行く手を阻まれていました。
スキーで越せない岩稜帯なら、どちらかの斜面を巻けばいいのですが、里の山らしからぬ急峻な斜面で、それもままならなかったのです。


ですが、1月も下旬をすぎると、雪も深くなってきます。
ぼくの気合いもちがいます。
背中にしょったスコップは、ルート工作のための武器なのです。
スキーを脱いで、スコップ一本。
斜面の雪をひたすらカットして、スキーで通れるルートを開削していきます。


春には消える、hamayo新道。
春には消える、hamayo新道。


岩を越えてはまた尾根に戻り、また岩があらわれれば巻き道を作って越えていく。
消耗が激しい登行を続けていくうちに、これまでの野良スキーでは感じたことのない、充実感というか手応えのようなものが感じます。


しかし、行けども行けども岩は尽きません。
地形図では、この尾根上にある岩場は二ヶ所で、それぞれがひとつの小ピークだと思っていたのですが、どうやらこの尾根全体が岩でできていて、その中でも顕著に突き出ている場所が二ヶ所、ということのようです。


そしてついに、右も左も巻くことができない、そそり立つ岩に直面します。
ひとまずスキーをぬいで、岩のてっぺんへ偵察に行きますが・・・




残念ながらこれ以上は難しいようです。
岩稜はこのさきも延々と続き、こんな感じの岩がいくつもひかえていました。
スキーではちょっと無理ですし、確保なしの単独で登っていく度胸もありません。
このルート、負けを認めるしかないようです。


遥かなり500m台地・・・
遥かなり500m台地・・・


帰り道、夕陽のあたる野良ゲレンデで。
帰り道、夕陽のあたる野良ゲレンデで。


たぶん、このルートはもうダメでしょう。
裏山岩稜ルート


生物の進化の行き止まりのようなものです。
たとえば別のルートから、岩塔群の向こうがわの、尾根のより上部に飛び出すような方法を考えない限り、ダメだということです。


次は、谷をはさんで反対側の、右岸細尾根ルートで挑戦です。


投稿者 hamayo : 20:30 | コメント (11) | トラックバック (0)

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2010 - 2 /28

裏山エクスプロレーション2010



あと何年かすると、この山に高速道路が建設されます。
一年を通して、ぼく以外にほとんど人の入ることがないこの山に道路ができたとしても、おそらく誰も困らないだろうし、誰の目にも映らないでしょう。


希少な生物が生息しているわけでもなければ、地域住民の生活に不便を強いるものでもない。
建設される道の先には、道路が来ることを待ち望んでいる人たちがいる。
メディアがこぞって取り上げるような、賛成派と反対派の対決の構図もない。
そもそも賛成とか反対とかを問うたぐいのものですらなく、どちらかといえば'誰も興味がない'というのがいちばん適切かもしれません。


ですが風景は、確実に失われます。
ぼくひとりの目にしか映らないささやかなものですが、いまここにある風景は、永遠に損なわれてしまいます。
消えてしまう、その前に。


これが、この冬ぼくがほとんど遠出もせず、休みのたびにスキーを履いて裏山へと向かった理由です。


裏山の最高峰から見た小樽(カシミール3Dより)
裏山の最高峰から見た小樽(カシミール3Dより)



雪どけが急速に進む今日このごろ、裏山探索はいまも進行中ですが、1月から挑戦し続けている裏山最高峰への道のりを、これから何度かに分けて記事にしようと思います。


投稿者 hamayo : 19:59 | コメント (2) | トラックバック (0)

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2010 - 2 /15

きみはマンボ山を知っているか



山に登るのが商売ってわけでは全然ないのですが、数年に一度はどうしても山に上がらなきゃならないって時があります。
べつにぼくじゃなくてもいいんです。
ほかにも人間はいっぱいいます。
だけどもどーゆーわけか、頻度といいますか、アタリを引く確率は、まちがいなくぼくがダントツです。
これはつまり、このクジ引きがイカサマだってことですな。


ぼくがちょっと山登りをやってるからってことで
「え?、ポンポコ山ですか。はい、ウチには山に強いのが一人いますから」とかなんとか、駅伝部の監督みたいなことを言って安請け合いしてるヤーツがいるに決まってるんです。


てなわけで元旦にひきつづき、2月にして早くも二度目の、お仕事登山です。
で、今回の山は・・・


マンボ山ってどこですか?



続きを読む・・・




その山は、積丹半島にありました。
お客様はまたしても警察の方でして、シークレットな部分が多く、守秘義務などがあるので詳しい場所はかけませんが、マンボ山というのは通称名などではなくちゃんとした地名でした。
積丹といっても、積丹岳とか余別岳とかポンネアンチシ山といった重鎮たちとはまるでべつの場所にあり、高さも奥深さも比べようがないほど小さな山です。


尾根に出るまではけっこう急でも、上がってしまえばわりと平坦で見晴らしも良く、海方面も山方面も、晴れていれば爽快な展望が開けることでしょう。
晴れていれば・・・。


黒雲うごめく積丹岳を遠望
黒雲うごめく積丹岳を遠望


それだけ見晴らしがいいってことは風の強さもハンパなく、さえぎるものがないハダカ尾根はほとんど雪が飛ばされており、どこもかしこもアイスバーン。
風の呼吸を読み違えて、突風が吹くタイミングの時に氷の上にいると、いとも容易に体をひっくり返されます。


耐風姿勢を取ろうにも、手に持ってるのはただのストック。
ピッケルがあったらなぁ、なんてことを遊びの山じゃなく仕事中に考えることになろうとは、思ってもみませんでした。


お客様の建物は分厚いコンクリートでできた頑丈なもので、外の暴風がうそのように静かではありましたが、暖房設備のたぐいはまったくなく、風が吹かないだけで気温はかろうじてプラスという過酷な場所でした。


仕事を終え帰るころには、空は黒く日も暮れかけて。
いっそう強く吹く風に、飛雪が白く尾を引きます。


Hall of the Mountain King. あるいは暗黒竜宮城。
Hall of the Mountain King. あるいは暗黒竜宮城。



遊びのときなら、天気が悪けりゃ逃げ帰ってくるし、出かけるのをやめることもできるけど、仕事じゃそうも行きません。
だんだんと悪天にマヒしていく自分が、最近すこし怖いです・・・。




その山は、積丹半島にありました。
お客様はまたしても警察の方でして、シークレットな部分が多く、守秘義務などがあるので詳しい場所はかけませんが、マンボ山というのは通称名などではなくちゃんとした地名でした。
積丹といっても、積丹岳とか余別岳とかポンネアンチシ山といった重鎮たちとはまるでべつの場所にあり、高さも奥深さも比べようがないほど小さな山です。


尾根に出るまではけっこう急でも、上がってしまえばわりと平坦で見晴らしも良く、海方面も山方面も、晴れていれば爽快な展望が開けることでしょう。
晴れていれば・・・。


黒雲うごめく積丹岳を遠望
黒雲うごめく積丹岳を遠望


それだけ見晴らしがいいってことは風の強さもハンパなく、さえぎるものがないハダカ尾根はほとんど雪が飛ばされており、どこもかしこもアイスバーン。
風の呼吸を読み違えて、突風が吹くタイミングの時に氷の上にいると、いとも容易に体をひっくり返されます。


耐風姿勢を取ろうにも、手に持ってるのはただのストック。
ピッケルがあったらなぁ、なんてことを遊びの山じゃなく仕事中に考えることになろうとは、思ってもみませんでした。


お客様の建物は分厚いコンクリートでできた頑丈なもので、外の暴風がうそのように静かではありましたが、暖房設備のたぐいはまったくなく、風が吹かないだけで気温はかろうじてプラスという過酷な場所でした。


仕事を終え帰るころには、空は黒く日も暮れかけて。
いっそう強く吹く風に、飛雪が白く尾を引きます。


Hall of the Mountain King. あるいは暗黒竜宮城。
Hall of the Mountain King. あるいは暗黒竜宮城。



遊びのときなら、天気が悪けりゃ逃げ帰ってくるし、出かけるのをやめることもできるけど、仕事じゃそうも行きません。
だんだんと悪天にマヒしていく自分が、最近すこし怖いです・・・。

投稿者 hamayo : 23:25 | コメント (6) | トラックバック (0)

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2010 - 2 / 2

RYOG



直せるものは、直してみましょう。
直せそうになくても、直す努力を放棄してはいけません、直す時間を惜しんではいけません。


続きを読む・・・



ぼくが仕事で使っているある機器が、とつぜん壊れてしまいました。
とてもとてもアナログな機器です。
そうそう壊れるものではありませんが、10年以上使い続けるのはなかなか難しい、そういったものです。


買い換えるとなれば定価で3万円以上、会社で買ってもらっても2万円ちかくします。
よし、どうせ壊れているのなら、ダメでもともとバラしてみようってことで腑分けしてみたら、異様にシンプルなメイン基板。
これならテスタがあればなんとかなるってんで探索開始。
けっきょく、1Ωの抵抗が焼けていただけでした。


抵抗を外すときにパタンを切ってしまったようで、空中配線を張り巡らせる。
抵抗を外すときにパタンを切ってしまったようで、空中配線を張り巡らせる。



あまつさえ、地中配線まで。
あまつさえ、地中配線まで。



最初は、事務所に転がっていた産廃基板からもいできた2Ωの抵抗を使ってみたのですが、いまいち感度が悪く、取ったり付けたりしているうちにパターンを焼き切ってしまったみたいです。


それでも直ればOK、見栄えなんて二の次です。
数万円かかるものが、たった45円ですんだという清々しさ。
直せば使えるものをゴミに出さなくて良かったという気持ちよさ。


Repair Your Own Gear.
これもまた楽しい休日です。



ぼくが仕事で使っているある機器が、とつぜん壊れてしまいました。
とてもとてもアナログな機器です。
そうそう壊れるものではありませんが、10年以上使い続けるのはなかなか難しい、そういったものです。


買い換えるとなれば定価で3万円以上、会社で買ってもらっても2万円ちかくします。
よし、どうせ壊れているのなら、ダメでもともとバラしてみようってことで腑分けしてみたら、異様にシンプルなメイン基板。
これならテスタがあればなんとかなるってんで探索開始。
けっきょく、1Ωの抵抗が焼けていただけでした。


抵抗を外すときにパタンを切ってしまったようで、空中配線を張り巡らせる。
抵抗を外すときにパタンを切ってしまったようで、空中配線を張り巡らせる。



あまつさえ、地中配線まで。
あまつさえ、地中配線まで。



最初は、事務所に転がっていた産廃基板からもいできた2Ωの抵抗を使ってみたのですが、いまいち感度が悪く、取ったり付けたりしているうちにパターンを焼き切ってしまったみたいです。


それでも直ればOK、見栄えなんて二の次です。
数万円かかるものが、たった45円ですんだという清々しさ。
直せば使えるものをゴミに出さなくて良かったという気持ちよさ。


Repair Your Own Gear.
これもまた楽しい休日です。

投稿者 hamayo : 22:49 | コメント (4) | トラックバック (0)

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2010 - 1 /19

旭岳にシバかれてきました



毎日が吹雪といわれる1月の旭岳で、とある谷に行ってまいりました。


荒天の責任を問われることのない山域で、いつものように吹雪かれる、残念なhamayo君。
荒天の責任を問われることのない山域で、いつものように吹雪かれる、残念なhamayo君。


昨シーズン、ニセコにいた間にお世話になった冬山遊びの豪傑さんたちに、「一度でいいから1月の旭岳に行ってみな」とそそのかされて早1年。
胸をときめかせながら待っていた、その1月がやってきました。


そのいっぽう旭岳といえば、おととしの春爛漫の雪洞キャンプや晴天の4月の登山と、ヌルめの春山ばかりだったのでちと不安です。
山頂や尾根といった、ただ高い場所を目指せばいい単純な山行ではなく、「ひみつの場所」が目的地という目標が目視できない山歩きは、行きと帰りで同じ場所を進むわけでもなく、ルートファインディングもいつもどおりとはいきません。


なわけで、一日目は下見をかねてスノーシューで歩き、二日目はテレマークでポイントまで歩き、滑り降りてくるという、慎重プランで行ってきました。


ところが・・・




続きを読む・・・





浮かれ気分もここまで。
調子にのって、岩塔のてっぺんを目指し、エラい目に


1日目のスノーシューで痛恨のルートミス。
GPSレシーバが示す位置をみて、これはちょっとヤバいなと思ったそのときは、すでに危険のまっただ中に踏みこんでいました。


地形図をひらくとそこには、崖を表すマークがいくつも描かれてて、自分はいまその崖の真上に立っているようでした。
いま歩いてきたトレースを戻るというのが定石だとわかっていても、ほとんど落下するように降りてきたこの斜面を登り返すことなどできず、かといって、のぞき込んでも先が見えない狭く小さなルンゼの中から正解のアミダくじを引き当てる賭けに出るわけにも行かず、残されたのは崖の上をトラバースして谷の源頭へ戻ることだけでした。


スノーシューはテレマークに比べてトラバースに弱いです。
腰まで積もったドライパウダーをかきわけて出てきたこしまり雪も、鈍いツアッケがぽろぽろと崩してしまい、崖下に向かって流されそうになる体を四つん這いになってこらえるのが精いっぱい。


極度の緊張感。
風の音。
ルーチンワーク。
時間の感覚が、ゆっくりと体から離れていきます・・・


気がつくと、最大傾斜線の先から岩場がなくなっていて、ボウル状の谷のあちこちには、深雪にはしゃぐ野良ボーダーの姿が見えました。
彼らの楽しげな声が聞こえてきたとき、ようやく安全な場所にたどり着けたという実感がわいてきました。
脱出に費やした時間はあまりにも多く、すでに日没を意識する時刻になっていましたが、ひとまずザックを下ろし、チョコレートをほうばり、ゆっくり体を休ませます。


目指していた「ひみつの場所」は、今いる谷よりももうひとつ東の尾根の向こうにあるようです。
残念だけど、そこへ行くのは、また次の機会に。
今回のところは、野良ボーダーに混じって、旭岳の雪と戯れましょう。
温泉が待っています。


スキーでコケる前に、スノーシューでコケ方の練習を(何度も)する、どこまでも慎重なhamayo君。
スキーでコケる前に、スノーシューでコケ方の練習を(何度も)する、どこまでも慎重なhamayo君。










2日目も雪はやまず、気温はさらに下がり、陽が射すきざしもなく。


風がないのだけが救いで、落ちてくる雪はいつまでも結晶を崩しません。
いつまでも結晶がくずれない、旭岳の雪


こんな雪が、昼も夜も、来る日も来る日も、とめどなく降り積もるのです。
バフバフとか、モッサモサとか、そういった重めのパウダーではなく、ダウンボールのような体積の殆どが空気でできている、宙に浮かびそうなくらい軽い雪が、この山には積もるようです。


どれだけ深い雪をラッセルしても、抵抗をほとんど受けない不思議な雪の中、しんと静まりかえった巨木の森を進みます。
静まりかえる巨木の森のラッセル


昨日よりさらに50cmの上積みがされた斜面に、雄叫びをあげながら飛び込む。
昨日よりさらに50cmの上積みがされた斜面に、雄叫びをあげながら飛び込む。


前日にやったコケ方の練習の成果をさっそく発揮する、努力家のhamayo君。
前日にやったコケ方の練習の成果をさっそく発揮する、努力家のhamayo君。


     ・
     ・
     ・


旭岳はやっぱりスゴかった。
当初の目的は達成できなかったけど、ちょいと痛い目にもあったけど、あいかわらずコケてばっかりだったけど、景色はほとんど見えなかったけど、それでも旭岳はスゴかった。


雪のやみ間にうっすら見えた、当麻岳、安足間岳、そしてトムラウシへ続く稜線は、夏に見るそれよりも何倍も大きく、広く、そして神々しさに満ちていました。


必ずまた来ます。
ミスはもうしません。
だから今度は、晴れてほしいなぁ。





浮かれ気分もここまで。
調子にのって、岩塔のてっぺんを目指し、エラい目に


1日目のスノーシューで痛恨のルートミス。
GPSレシーバが示す位置をみて、これはちょっとヤバいなと思ったそのときは、すでに危険のまっただ中に踏みこんでいました。


地形図をひらくとそこには、崖を表すマークがいくつも描かれてて、自分はいまその崖の真上に立っているようでした。
いま歩いてきたトレースを戻るというのが定石だとわかっていても、ほとんど落下するように降りてきたこの斜面を登り返すことなどできず、かといって、のぞき込んでも先が見えない狭く小さなルンゼの中から正解のアミダくじを引き当てる賭けに出るわけにも行かず、残されたのは崖の上をトラバースして谷の源頭へ戻ることだけでした。


スノーシューはテレマークに比べてトラバースに弱いです。
腰まで積もったドライパウダーをかきわけて出てきたこしまり雪も、鈍いツアッケがぽろぽろと崩してしまい、崖下に向かって流されそうになる体を四つん這いになってこらえるのが精いっぱい。


極度の緊張感。
風の音。
ルーチンワーク。
時間の感覚が、ゆっくりと体から離れていきます・・・


気がつくと、最大傾斜線の先から岩場がなくなっていて、ボウル状の谷のあちこちには、深雪にはしゃぐ野良ボーダーの姿が見えました。
彼らの楽しげな声が聞こえてきたとき、ようやく安全な場所にたどり着けたという実感がわいてきました。
脱出に費やした時間はあまりにも多く、すでに日没を意識する時刻になっていましたが、ひとまずザックを下ろし、チョコレートをほうばり、ゆっくり体を休ませます。


目指していた「ひみつの場所」は、今いる谷よりももうひとつ東の尾根の向こうにあるようです。
残念だけど、そこへ行くのは、また次の機会に。
今回のところは、野良ボーダーに混じって、旭岳の雪と戯れましょう。
温泉が待っています。


スキーでコケる前に、スノーシューでコケ方の練習を(何度も)する、どこまでも慎重なhamayo君。
スキーでコケる前に、スノーシューでコケ方の練習を(何度も)する、どこまでも慎重なhamayo君。










2日目も雪はやまず、気温はさらに下がり、陽が射すきざしもなく。


風がないのだけが救いで、落ちてくる雪はいつまでも結晶を崩しません。
いつまでも結晶がくずれない、旭岳の雪


こんな雪が、昼も夜も、来る日も来る日も、とめどなく降り積もるのです。
バフバフとか、モッサモサとか、そういった重めのパウダーではなく、ダウンボールのような体積の殆どが空気でできている、宙に浮かびそうなくらい軽い雪が、この山には積もるようです。


どれだけ深い雪をラッセルしても、抵抗をほとんど受けない不思議な雪の中、しんと静まりかえった巨木の森を進みます。
静まりかえる巨木の森のラッセル


昨日よりさらに50cmの上積みがされた斜面に、雄叫びをあげながら飛び込む。
昨日よりさらに50cmの上積みがされた斜面に、雄叫びをあげながら飛び込む。


前日にやったコケ方の練習の成果をさっそく発揮する、努力家のhamayo君。
前日にやったコケ方の練習の成果をさっそく発揮する、努力家のhamayo君。


     ・
     ・
     ・


旭岳はやっぱりスゴかった。
当初の目的は達成できなかったけど、ちょいと痛い目にもあったけど、あいかわらずコケてばっかりだったけど、景色はほとんど見えなかったけど、それでも旭岳はスゴかった。


雪のやみ間にうっすら見えた、当麻岳、安足間岳、そしてトムラウシへ続く稜線は、夏に見るそれよりも何倍も大きく、広く、そして神々しさに満ちていました。


必ずまた来ます。
ミスはもうしません。
だから今度は、晴れてほしいなぁ。

投稿者 hamayo : 20:34 | コメント (14) | トラックバック (0)

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2010 - 1 / 8

もっとマジメにテレマークを



ゲレテレに行ってまいりました。
野良テレは近所の裏山をぼちぼちやってますが、ゲレンデは今季初です。


いつものキロロで、3時間券を購入ございます。
2時間券があるといいんだけどな。
リフトを使ってグルグルと、すべって上ってするのは、2時間で限界です。
集中力がつづきません。



続きを読む・・・




5、6本すべって、さっそくちょっと飽きてきて、リフトに揺られながらうとうとしていると、キロロにしては珍しい、テレマーカーとおぼしき紳士がすべってなさるのが見えました。


およ? これはテレマーカーかしら




あんまりジロジロ見ててコケられると困る(ぼくは視線を感じるとすぐコケます)ので、ターン弧の頂点を横目で確認。


やっぱりテレマークだ




やっぱテレマークでしたね。
それにしても平日のキロロはガラガラですな。


patagonia のレディミックスかホワイトスモークっぽいJKTをタイトに着こなしてらっしゃるこの御方、ひじょうに練習熱心な方のようで、ソウルスライド2008の付録DVDにある「松澤幸靖の歩くから身につけるテレマーク」講座の、歩きながらターンや逆テレマークみたいな練習メニューを、とても丁寧にこなしてらっしゃいました。
冷やかしや皮肉で言ってるのではなく、本当にマジメな方だなと感心したのです。


ぼくももう少し真剣にゲレンデに通って、基本から丁寧に練習する心があれば、20年近くやってるのにコケまくりテレマーカーにならずにすんだのに、とめずらしく後悔したふりをしてしまいました。


彼が帰った後、ものは試しにと「歩きながらターン」と「逆テレマーク」の練習を2本ほどやってみて、それからフツーに滑ってみるとアラ不思議!、ここ2年ほどの懸案だった、左右のターンでの得意不得意の差がとても小さくなってるじゃありませんか。
左足が前足になる側のターンで、すぐに腰が回ってターンが切れ上がっていく事に困り果てていたのですが、それがずいぶん小さくなっていたのです。


いやはや、基礎的な練習というのは侮れないものですなぁ・・・と、ひとつ大人になった良い一日でした。




5、6本すべって、さっそくちょっと飽きてきて、リフトに揺られながらうとうとしていると、キロロにしては珍しい、テレマーカーとおぼしき紳士がすべってなさるのが見えました。


およ? これはテレマーカーかしら




あんまりジロジロ見ててコケられると困る(ぼくは視線を感じるとすぐコケます)ので、ターン弧の頂点を横目で確認。


やっぱりテレマークだ




やっぱテレマークでしたね。
それにしても平日のキロロはガラガラですな。


patagonia のレディミックスかホワイトスモークっぽいJKTをタイトに着こなしてらっしゃるこの御方、ひじょうに練習熱心な方のようで、ソウルスライド2008の付録DVDにある「松澤幸靖の歩くから身につけるテレマーク」講座の、歩きながらターンや逆テレマークみたいな練習メニューを、とても丁寧にこなしてらっしゃいました。
冷やかしや皮肉で言ってるのではなく、本当にマジメな方だなと感心したのです。


ぼくももう少し真剣にゲレンデに通って、基本から丁寧に練習する心があれば、20年近くやってるのにコケまくりテレマーカーにならずにすんだのに、とめずらしく後悔したふりをしてしまいました。


彼が帰った後、ものは試しにと「歩きながらターン」と「逆テレマーク」の練習を2本ほどやってみて、それからフツーに滑ってみるとアラ不思議!、ここ2年ほどの懸案だった、左右のターンでの得意不得意の差がとても小さくなってるじゃありませんか。
左足が前足になる側のターンで、すぐに腰が回ってターンが切れ上がっていく事に困り果てていたのですが、それがずいぶん小さくなっていたのです。


いやはや、基礎的な練習というのは侮れないものですなぁ・・・と、ひとつ大人になった良い一日でした。

投稿者 hamayo : 21:34 | コメント (6) | トラックバック (0)

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2010 - 1 / 5

Quest of Radeon



新しいパソコンも無事に組み上がり、Windows 7 もうわさ通り10数分でインストールが終わりました。
64bit-OS ということで、手持ちのソフトウェア資産がどうなるだろうかと心配していましたが、Nikon Capture 4 というフォトフィニッシングソフト以外は、なんの問題もなく動いてくれました。


しかしひとつだけ、とても大きな問題が発生してしまいました。
いままでずっと、グラフィックカードに関しては Nvidia党を通してきており、今回も GeForce GTS 250 を導入する予定だったのですが、ショップの在庫の関係で直前になって Radeon HD 5750 に変更せざるを得なくなったことが、悪夢の始まりとなったのです。


Goodbye BNC.
サヨナラ5BNC



続きを読む・・・





その大きな問題とは、Radeon HD 5750 の出力を液晶モニタではなくCRT(ブラウン管モニタ)にするとき、グラフィックカード側をD-Sub15、モニタ側を5BNCのアナログ接続した場合、リフレッシュレートの変更ができないというものです。
60Hzしか選べないのです。


もともとBNC接続の場合DDCが使えないので、パソコン側はEDID情報を受け取ることができないのは仕様ですが、そういうのはグラフィックカードのドライバでどうにでも手動で設定できるものだと思っていましたし、事実GeForceシリーズのドライバではそれができていました。
RadeonとGeForceとでは、こんなにも作法がちがうものかと強い衝撃を受けました。


レジストリの深い洞窟へと下りていきました。
非純正の未知のドライバを手当たりしだい試したりもしました。
INFファイルを無理矢理読み込ませることにも挑戦しました。
いたるところで、ありとあらゆる抗戦をくり広げましたが、事態は全く好転することはありませんでした。


Radeon HD 5xxxシリーズ自体、DirectX11世代の最新グラフィックカードというだけあって、ネット上にもこの手の情報はまだそれほど蓄積されていませんが、ていねいに徘徊すれば同じような現象の報告はちらほら見つかるものです。
そして、その解決方法が今のところないということもわかりました。
そうした情報を事前に収集することができていれば、話はまた別のものになっていたとおもいますが、そうはうまくいかないのがまさに自作PCの醍醐味ともいえるでしょう。


F1マシンをモチーフにした、ふざけたファンシンクにイラだち倍増。
ふざけたファンシンクにイラだち倍増



とはいえCRTの利用者も激減していますし、5BNC接続にいたってはその存在さえほとんど知られていないものですから、切り捨てられていくのが運命であることは、当事者のぼくにでも理解できます。
さらにいえば、液晶モニタ全盛の時代、リフレッシュレートというパラメータ自体がほぼ無意味なものとなっているわけで、今後AMD社がこの問題に対応してくれることは、あまり期待できないでしょう。


というわけでこのトラブルの顛末ですが、D-Sub15←→D-Sub15のケーブルで接続することで、いちおうの解決とすることにしました。
いうまでもなく、D-Sub15同士ならばDDCが有効ですので、なんの問題もないのです。






その大きな問題とは、Radeon HD 5750 の出力を液晶モニタではなくCRT(ブラウン管モニタ)にするとき、グラフィックカード側をD-Sub15、モニタ側を5BNCのアナログ接続した場合、リフレッシュレートの変更ができないというものです。
60Hzしか選べないのです。


もともとBNC接続の場合DDCが使えないので、パソコン側はEDID情報を受け取ることができないのは仕様ですが、そういうのはグラフィックカードのドライバでどうにでも手動で設定できるものだと思っていましたし、事実GeForceシリーズのドライバではそれができていました。
RadeonとGeForceとでは、こんなにも作法がちがうものかと強い衝撃を受けました。


レジストリの深い洞窟へと下りていきました。
非純正の未知のドライバを手当たりしだい試したりもしました。
INFファイルを無理矢理読み込ませることにも挑戦しました。
いたるところで、ありとあらゆる抗戦をくり広げましたが、事態は全く好転することはありませんでした。


Radeon HD 5xxxシリーズ自体、DirectX11世代の最新グラフィックカードというだけあって、ネット上にもこの手の情報はまだそれほど蓄積されていませんが、ていねいに徘徊すれば同じような現象の報告はちらほら見つかるものです。
そして、その解決方法が今のところないということもわかりました。
そうした情報を事前に収集することができていれば、話はまた別のものになっていたとおもいますが、そうはうまくいかないのがまさに自作PCの醍醐味ともいえるでしょう。


F1マシンをモチーフにした、ふざけたファンシンクにイラだち倍増。
ふざけたファンシンクにイラだち倍増



とはいえCRTの利用者も激減していますし、5BNC接続にいたってはその存在さえほとんど知られていないものですから、切り捨てられていくのが運命であることは、当事者のぼくにでも理解できます。
さらにいえば、液晶モニタ全盛の時代、リフレッシュレートというパラメータ自体がほぼ無意味なものとなっているわけで、今後AMD社がこの問題に対応してくれることは、あまり期待できないでしょう。


というわけでこのトラブルの顛末ですが、D-Sub15←→D-Sub15のケーブルで接続することで、いちおうの解決とすることにしました。
いうまでもなく、D-Sub15同士ならばDDCが有効ですので、なんの問題もないのです。


投稿者 hamayo : 21:18 | コメント (4) | トラックバック (0)

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2010 - 1 / 2

HNY!


十年以上ぶりかに、元旦を山の頂上で迎えることができました。
吹き荒れる季節風、降り止まぬ大雪、みるみる埋まってゆく足あと・・・。
テレビもラジオも、口をそろえて荒れの年末年始って言ってるのに、よくもまぁ山にきたものです。


一瞬だけ顔をのぞかせた太陽。

元旦の山の上、一瞬の晴れ間



続きを読む・・・





ぼくは山になんて、これっぽっちも来たくなんてなかったんですけどね。
えぇ、そりゃーもう、コタツにもぐり込んで、若手のお笑いとか駅伝とかそんなのをダラダラと見て、ダメ人間になる予定だったんですよ。


はい。
来たくて来たんじゃないんです。
登りたくて登ったんじゃありません。


仕事です。
しかも、前日の12月31日の夕方に「あした、山な」なんて電話がかかってきた日にゃ、大晦日も元旦もただの 365分の1日にしか感じられませんです。


住宅街を爆走するモンスターマシーン(ダイナミックループ付き)。
住宅街を爆走するモンスターマシーン


NTTのひと3人、警察のひと2人、それとNTTデータのひとから鍵だけ預かった、ぼく、の6人が乗り込みます。
当初は歩いて登るつもりだったのです。
警察の人はスキーを持ってきてたし、ぼくもスノーシューを持ってきてました。
でもこんな怪物マシーンの運転手に「乗ってく?」なんて言われたら、断る理由はありませんな。


一年の最初の日から山に登ることになった 2010年。
さい先のよいスタートと言うべきか、トホホな始まりと言うべきか・・・。





ぼくは山になんて、これっぽっちも来たくなんてなかったんですけどね。
えぇ、そりゃーもう、コタツにもぐり込んで、若手のお笑いとか駅伝とかそんなのをダラダラと見て、ダメ人間になる予定だったんですよ。


はい。
来たくて来たんじゃないんです。
登りたくて登ったんじゃありません。


仕事です。
しかも、前日の12月31日の夕方に「あした、山な」なんて電話がかかってきた日にゃ、大晦日も元旦もただの 365分の1日にしか感じられませんです。


住宅街を爆走するモンスターマシーン(ダイナミックループ付き)。
住宅街を爆走するモンスターマシーン


NTTのひと3人、警察のひと2人、それとNTTデータのひとから鍵だけ預かった、ぼく、の6人が乗り込みます。
当初は歩いて登るつもりだったのです。
警察の人はスキーを持ってきてたし、ぼくもスノーシューを持ってきてました。
でもこんな怪物マシーンの運転手に「乗ってく?」なんて言われたら、断る理由はありませんな。


一年の最初の日から山に登ることになった 2010年。
さい先のよいスタートと言うべきか、トホホな始まりと言うべきか・・・。

投稿者 hamayo : 23:50 | コメント (4) | トラックバック (0)

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2009 - 12 /23

さぁ、組み立てましょう



パーツ一式、from 日本橋



これがまたウマいこと、3連休にあわせて届くんだわ。
冬山キャンプの予定を入れてましたが、今回はこっちに専念です。



続きを読む・・・



組み立てて、OS入れて、ドライバ入れて、何も問題が起きませんようにと祈ってるときが、いちばんドキドキします。


自作PCって言ったって、難しいことはとくにないのです。
規格のあるものばかりですから、単純なルールに従って組み立てるだけです。
ただ問題が発生した場合、それを自力で解決する努力は求められます。


ひとつのパソコンとして全体の動作が保証されているメーカー製PCとちがって、個々のパーツ単体での正常性が保証されているだけの自作PCでは、許容範囲内の目に見えない誤差が組み合わさって、ときに顕在化することはあります。
たとえていうならExcelで、

  =10-9.9-0.1

を計算したら、0にならない、みたいな感じでしょうか。



2009/12/23 23:06 追記

=10-9.9-0.1 は、Google電卓でも 0になりませんでした。
http://www.google.co.jp/search?q=10-9.9-0.1&lr=lang_ja&ie=utf-8&oe=utf-8&aq=t&rls=org.mozilla:ja:official&client=firefox-a





組み立てて、OS入れて、ドライバ入れて、何も問題が起きませんようにと祈ってるときが、いちばんドキドキします。


自作PCって言ったって、難しいことはとくにないのです。
規格のあるものばかりですから、単純なルールに従って組み立てるだけです。
ただ問題が発生した場合、それを自力で解決する努力は求められます。


ひとつのパソコンとして全体の動作が保証されているメーカー製PCとちがって、個々のパーツ単体での正常性が保証されているだけの自作PCでは、許容範囲内の目に見えない誤差が組み合わさって、ときに顕在化することはあります。
たとえていうならExcelで、

  =10-9.9-0.1

を計算したら、0にならない、みたいな感じでしょうか。



2009/12/23 23:06 追記

=10-9.9-0.1 は、Google電卓でも 0になりませんでした。
http://www.google.co.jp/search?q=10-9.9-0.1&lr=lang_ja&ie=utf-8&oe=utf-8&aq=t&rls=org.mozilla:ja:official&client=firefox-a



投稿者 hamayo : 13:01 | コメント (14) | トラックバック (0)