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2005 - 12 /13

蝶を放つ

あるかどうか分からない選択肢を探している時間はもうありませんでした。
人間のそれよりも 20,000倍の速度ですぎていく彼女の一生を考えると、譲歩や留保、猶予なんてものを探している時間はありませんでした。


一刻も速くぼくはそこに行き、彼女を解き放つこと。
何にもまして最優先で、それを実行し、そしてやり遂げること。


後部座席に置いたシートベルトをかけた箱の中に彼女を入れて、吹雪のために速度規制がかけられた高速道路を、東に向けて走りました。
ある植物園をめざして。


きのうまでは雪がなかったらしいこの町にも、昨夜の寒波で雪が積もり、園内に人の影は見えません。
足跡のない雪道の先に、熱帯の植物を一年中観察できる温室がありました。


ぼくはこの温室の中にアゲハチョウを放すために、ここに来ました。
熱気の中にただよう甘く濃い芳香は、足下から頭上まで覆い尽くす色とりどりの花のもので、花のいくつかには蝶がとまって蜜を吸っています。


不思議な場所でした。
だれかの空想の中に迷い込んでしまったかのような、とても不思議な場所でした。


外は吹きすさぶ雪で真っ白なのに、窓ガラス1枚隔てたここには、永遠の夏がありました。
この場所のことをだれかに伝えたら、ふっと消えてなくなってしまいそうな、そんな儚く不思議な場所でした。


オレンジ色の小さな花に、そっとアゲハチョウをつかまらせました。
アゲハチョウは少し驚いた様子で羽をばたつかせ、そのたびに茎の細いオレンジの花が上下に揺れました。
 
_DSC5729.jpg
 
 
ぼくの手を離れるまでは、とうていひとりでは生きていけないような か細い体をしていたような気がしましたが、いま目の前にいる オレンジ色の花にとまっている彼女は、しっかりと花びらを掴み、蜜を吸い上げ、自信に満ちた目をしているように見えました。


アクエリアスではない、ほんとうの花の蜜を口にしたことで、ようやく自分が生きていることのを実感したのかもしれません。
そして彼女は、生まれて初めて大きく羽を広げ、またべつの花へと飛んでいきました。

投稿者 hamayo : 2005年12月13日 22:51

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コメント(7)

何て素敵なんでしょう。

ここは、私の安らぎの場でになってしまいました・・
ごめんなさい。1回のつもりがまた来てしまいました。

何故このような、人に安らぎを与えられるような文章が書けるのでしょう。
小説か何かをお書きになっているのでしょうか。

読んでいると、どんどん引き込まれていきます。
それに写真がとても綺麗で、美しくて・・

本当にこちらは、唯一現実を忘れることが出来て心が落ち着きます。

風邪を引いて病院に行けば、薬の処方箋が出されます。
薬を飲んで風邪は治ります。

私は、hamayoさんのブログを拝見することにより心癒され、
とても穏やかな気持ちになれます。心の処方箋です。

今現実とても苦しいです。
何か自分の都合だけで来てしまってごめんなさい。

神秘的なhamayoさんの世界を台無しにしてしまったら、もっとごめんなさい・・・


このお話しを読ませていただいたとき涙が出そうになりました。
私は子供の頃から蝶が大好きです。
春までアゲハチョウはどう過ごすのかと気になっておりましたが、その場所ほどその蝶が冬を心地よく過ごせる場所はないでしょう。
hamayoさんに『大切に育てて下さってありがとう』って申し上げたいです。

・・・絶対に僕ならそんなことしないでしょう・・・。
工学部卒にとって、生き物は苦手です・・。

to tamagoさん

遠い空の下で、このblogがだれかの心を癒しているのであれば、ぼくにとってこんな嬉しいことはありません。

苦しいとか楽しいというのは、たがいに対になっている事象です。
低気圧と高気圧の関係と同じです。

荒天をもたらす強い低気圧の背後には、同じくらいの好天を約束する高気圧の存在があります。
両者は単独では生存できません。
低気圧がなければ高気圧もそこにはいられません。
地球上の大気は、そうやって循環しています。

苦しい時というのは、その後ろには必ず楽しい時がひかえていて、その出番を待っている状態のことです。
いつその出番がやってくるかは誰にも分かりませんし、その存在を否定したくなる時があるかもしれません。

けれど、信じようと信じまいと、それは必ずやってきます。
その時が来るまでのあいだ、苦しい時を思いっきり楽しんで下さい。
 
 
 
to 水仙さん

アゲハチョウのこと、気にかけて下さってありがとうございます。

残念ながら、アゲハチョウは春まで生き続けることは出来ないのです。
成虫のキアゲハの寿命は、2週間くらいだと思います。
だから、時間がなかったのです。
 
 
 
to DJさん

完全変態する昆虫の中では、蝶は格別美しく、また不思議な生き物だなぁと思います。
蛹の中でいったい何が起きてるんだろう?、と子供の頃いつも疑問に思っていたものです。

ちなみにぼくは農学部卒です。

こんばんわ、hamayoさん

相変わらず詩のような癒し系の文章を書かれますネ。
本当、そのセンスに乾杯です。

たしかに昆虫は人間の目から見たら虚しくもあり、儚く
もあり・・・って感じですよネ。

蝉だって地中にいる時間の方が地上で生きている時間より
遙に長いですからね、ようやく地上に出られたと思ったら、
待っているのは・・・って感じですが、別の角度から
見たら、蝉にとっての地上とはあちらの世界への入口
なのでしょうか?

そのような事はさておき、生き物の命を大事にする心
は素晴らしいものだと思いますよ。

*僕は機械工学部卒ですが生き物が苦手と言うことはあ
りませんよ(汗

hamayoさん こんにちは。
某質問掲示板でいつも拝見しています。
時々ご指導して頂いております。

今回の蝶のお話で、どうしても、コメントしたくて胸が一杯に
なりました。
失礼致します。

ちょっとグロテスクでユーモラスな芋虫が美しい蝶へと姿を変
え、hamayoさんの手からご飯を食べ、楽園に還っていく・・

珠玉のファンタジー短編恋愛小説を読んでいるみたいでした。

芋虫がhamayoさんの一番いるでしょう場所---PCデスク ---
でさなぎになり、吹雪の中で羽化してしまい、あせってるhamayoさん、
蝶の口をペン先でのばして餌付けするhamayoさん。
いつもの冷静な印象の方が赤ちゃんのお世話しているみたいで微笑ましかったです。
そして、いつまでも子供だと思っていた彼女が、美しい大人に成長してしまった。

でも、一度も花にとまることも、仲間と戯れる事無く死んでしまう運命なのかと少し悲しかった。

だから、今回の「蝶を放す」はホッとしました。
何度も読んでしまいます。

雪の中に落ちたダイヤの粒の様な楽園で
彼女は生きる営みを繰り返し、
姿かたちを変え、
命を繫いで
高く、高く舞う。
いつか、君に会うために・・・。

一昨年、突然部屋に飛び込んで来た
カマキリの赤ちゃんを一夏飼っていました。
しばしば、ギャングと表現される虫ですが
赤ちゃんカマキリが、それでも精一杯威嚇している姿は痛々しくて、とても生きてはいけないかも・・

と思ったのです。

カマキリのあの泡の卵からかえる数百匹の子供が成虫に育つのは1~2匹と後で知りました。

「かまくん」が来てから小さな数々の事件と笑いを経て、
幾度と脱皮をして大きくなった
(オスかと思ってましたが、どうやら女の子)
「かまちゃん」を夏の終わりに放しました。

hamayoさんの彼女とは敵(笑)ですが、
命を繫ぐ為に交尾した相手を食べる
すさまじい生き方と、人間の手の様に前足を使う不思議さ。

「かまちゃん」元気かな?あの子の子供達は元気かな?
カマキリを放した茂みを通る度、思い出してしまいます。

蝶を楽園に連れて行って下さって有難うございます。

これからも、日々の素敵を綴って下さいね。

to バオヤッキーさん

たぶん、DJさんがおっしゃる「生き物が苦手」というのは、毛虫が嫌いとかヘビが嫌いとかというのではなく、その挙動をヒトがコントロールできない難しさについて書かれたのかな、と思ったんですよね。
AIBO と 犬とは違うぞ、と。

それともやっぱり「毛虫が嫌い」系なのかな。
蝶が飛んでくると逃げまどってたりして(笑)。
 
 
 
to 陽花さん

こちらでは初めまして。

ぼくも子供の頃、カマキリの卵を家に持ち帰ったことがあります。
寝てるとなんか痒いなぁと思ったら、布団の中が子カマキリであふれかえっていて、それで孵化したことに気がついたことを思い出します。

自分で言うのもヘンだけど、生き物を飼育すると、心が豊かになりゆとりが生まれます。

生命の永続性、生の連鎖、種の保存、生と死というものを身近に体験し、そこから学び取ることが出来る多くのものは、ヒトが人と人との社会で生活していく上で、とても大事な栄養素となるんじゃないかなぁ、と思います。

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