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2007 - 10 /31
当丸山はなかなかに凛々しかった
無積雪期の登山は両古美山で店じまいの予定だったはずが、あれ以来とんと北風もご無沙汰だったもので、また小さな山に登ってまいりました。
両古美山の稜線から眺めながら、今度はあの山に登ってみようと思っていた、当丸山です。
思えば子供のころは、登った山のてっぺんから見えた山の名前を調べては、今度はあの山に登ってみようって感じで、どんどん行動半径を広げていったものです。
大人になった今は、ネットや本なんかでいくらかの情報を見聞きして、登る山を決めるようになりました。
どちらがいいとか悪いとかって話しじゃないんだけど、シンプルなやり方をしていた昔のことを、ふと思い出してみる。
あのころの記憶、あのときの感覚、自分の世界が広がっていく手応え、その向こうへの熱情。
コース

コース断面図

当丸山のてっぺんからは、何が見えるんだろう。
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登山口は両古美山とほぼ同じで、神恵内2000年の森公園の駐車場からスタートです。
当丸沼との分岐までは、勾配はそれほどゆるくないものの、整地された歩きよい道が続きます。
観光地にありがちな、歩幅と全然合わない不自然な階段のようなものがずっと続きますが、かなり昔に整備されたようで、いまは良い塩梅に朽ち果てて自然に還りつつあります。
空はひらけ、落ち葉の川を歩く。

当丸沼分岐をすぎるとなだらかな尾根道に出ます。
谷を渡ってくる冷たい西風は体の中をすり抜けていきます。
木の間越しに、めざす当丸山が見え隠れ。

尾根を10分ぐらい歩くと、急に傾斜がきつくなりだします。
さらに進んでいくと、低山には似つかわしくない、右も左も切れ落ちたナイフリッジの稜線です。
木がまばらに茂っていて、見晴らしはそんなに良くないけど、木がなかったら怖くて歩けないでしょうね。
それともうひとつ、等高線には現れないし、下から見上げても判別できないようなちいさなコブがいくつか連なっていて、標高は低いくせに精神を蝕むニセピークをも備えているのです。
山頂直前、振りかえると泥の木山。

天然のドライフラワー。

花の美しさは、色だけじゃないんですね。
こうして色を失っても、その形で、その輪郭で、ぼくの目を楽しませてくれます。
いろいろあったけど、わずか40分で山頂到着です。

期待していた展望は、四方をビミョーに笹が邪魔してて、ヒトの目線からはいまいちパッとしません。
なもんで、三脚を高く上げてのノーファインダーで。
両古美山の向こうに見える高い山は、余別岳かポンネアンチシか。
いつかは登ってみたい山だな。

ウホッ!羊蹄山が見える。
でも羊蹄はもう登らんでもいいな。二度と。

標高800mとはいえ、11月が目前の山はやっぱり寒い。
さっさと下ります。
尾根続きにもうひとつ顕著なピークがありますが、夏道はない模様。

この山頂からの下りの部分が、当丸山で最も眺めがいい場所です。
両古美山はやはりけっこう立派な山です。
積丹の重鎮たちもよく見えます。

当丸沼も見えてきます。
ほとんど真下を見下ろすような感じです。

稜線から離れると、当丸沼めがけて一直線に下りていきます。

どうでもいいことだけど、ぼくのザックって後ろから見ると、つくづく下ぶくれのモアイ像みたいだなぁ、と。
今は亡き Dana Design の Sluiskin45 というザックです。
さて、途中には登山道が崩れて崩壊している箇所なんかもありましたが、20分ほどで当丸沼畔に到着します。
木道のある北西側とはちがって、南東側は水際まで近づける場所はほとんどありませんでした。
ザリガニはおらんかのう。

ぐるっと沼を半周して、北西側にはちょっとした広場があります。
山道とは別に、車も通れるくらいの整備された砂利道(ゲートがあるので車は通れない)も駐車場からつながっているようです。
沼べりから見上げる当丸山。
近くに見えて、やっぱり近いです。

周辺はこんな感じで、垂直方向にも水平方向にもトレイルは走っています。

当丸峠をはさんで聳える二つの低山、両古美山と当丸山は、標高こそほとんど同じですが、その性格はまるで正反対の山でした。
総じてなだらかで、広い谷と雄大な山容、森林限界を超えた抜群の展望の尾根歩きができる両古美山は、たおやかで柔らかい山です。
一方の当丸山は、急峻な斜面と細く狭い尾根、山頂まで続く広葉樹の林、顕著な三角ピークの連なりを持つ、引き締まった山です。
それから当丸沼は、沼自体の標高が高く積丹方面の山の眺めもバッチリ、いくつものトレイルが走っていて、冬にクロスカントリースキーで来ると面白そうな場所です。
クロカンスキーっていうと整備されたコースを走るイメージがあるけど、その名の通り本来は野山を駆け回るスキーですからね。
明日からいよいよ11月。
こんどこそ本当に締めの登山になるでしょう。
膝は少しずつ回復してきているようだけど、まだまだ無理は出来ません。
雪がこってり積もるまでは、ドクターに言われたとおりちゃんと安静にして、野良テレに備えたいと思います。
投稿者 hamayo : 22:11 | コメント (6) | トラックバック
2007 - 10 /17
太陽と競争。夕暮れの両古美山へ
今年の2月にJ君と行ったときは、勇気ある撤退(聞こえはイイが・・・)で山頂まで一歩およばなかった両古美山に、無積雪期の登山の締めとして行って来ました。
午前中は雨降りだったので、今日は庭仕事でもするかとのんびりしていたら、昼前から急に晴れ間がのぞき始めたので、急きょ当丸峠へ向けて車を走らせたのです。
コース

コース断面図

さてさて、こんなに遅い時間から山登りをすることは、普通ありません。
しかも季節は晩秋。
さらに膝には爆弾をかかえてるし。
登山口ですでに午後なんですが・・・
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
当丸峠の長いながいスノーシェルターは、夏の期間だけ一ヶ所の壁が開放され、「神恵内2000年の森公園」の駐車場へと道が分岐しています。
この駐車場に車を駐めて歩き始めます。
ちゃんと看板が整備されてて、迷うことはない。

冬に来たときは、初っぱなの急登に驚いたものですが、夏道はその小山の裾を等高線に沿って回り込むため、いたって楽ちんなスタートです。
冬でもこの夏道を歩くべきだったのでしょうが、高いところにしか目がいかないんだからしょうがない。
カサコソカサコソ。落ち葉を踏みしめて。

標高750mあたりで稜線に出ますが、すでにそこは森林限界を超えているのです。

確かにこの標高にしては素晴らしく見晴らしの良いトレイル。
ところがこれが、快適な尾根歩きとはいかないんです。
それはハイマツの仕業。

枝や葉はきれいに刈り払いされているのだけれど、太い幹や根がそのまま残されているので、どーにもこーにも歩きにくい。
跨いで跨いで幹に乗って根に乗って、また跨いで幹に乗って・・・。
下半身だけの薮漕ぎをしばらく続け、歩いてきた方を振りかえる。

秋色に輝く斜面に言葉を失います

そして唐突に山頂。

あれだけ眺めの良い尾根歩きだったのに、山頂だけがなぜか木立に囲まれてて見晴らしが悪いんです。
なわけで、さらに先にある「展望台」という場所へ歩を進めます。
といっても、約10分で展望台に到着。
駐めてあるロゴが見える、、、気がする。

南西は神恵内の町と光る日本海、北西は積丹岳や余別岳の雄姿と、とりわけ西側の景色が白眉でしたが、残念ながらすでに夕方近くで強逆光のため、目を細めながらしか見られませんでした。
いちばんぼくが惹かれた風景は、「無沢1」と名付けられたピークへと続くトレイルです。

こんなにきれいな紅葉の中を歩くと気持ちいいだろうな~。
まー無沢1はまたの機会にということで。
さて時間はもう 15時です。
この日の日没は、だいたい 16時55分。
しかも月齢は 1 。
写真撮りながらの下山ですから、日没までに下山できるタイムリミットです。
寒風吹きすさぶなか下山開始。
向かいは当丸山です。

と、早くもぼくの足を止めるモノを発見!!。

うーむ、植物や動物ならまずまず同定できるけど、鉱物はサッパリ判りませんな。
見とれるほどに美しい光沢のこの石、この場所にはかなりゴロゴロころがっていたけど、つぶさに観察してないとまず見落とすことでしょう。
どんどん影が長くなっていく、夕映えの稜線を歩く気持ちよさ。
トワイライトの時間が長い、夏のあいだならもっと楽しめるのかなとも思うのですが、夕暮れ時と冷たい空気、落ち葉と枯れ枝という役者が揃うのは、やはり秋という季節をおいて他にはないでしょう。
黄色い光と黄色い風景。
山の一部になりたいと、いつも思う。

だけどぼくには時間がない。
登山口が見えてきた。
落ちる釣瓶と追いかけっこだ。

下山完了、16時40分。
ぎりぎり日没に間に合った。

スノーシェルターの上から、歩いた山並みを見る。

標高は低い山だけど、鳥が大きく翼を広げたような、なかなか立派な山体。
森林限界より上部の尾根歩きも出来るし、フツーに歩けば登りは1時間程度と、手軽に登れるのも魅力です。
今回の両古美山で、日暮れ時の山歩きの楽しさを発見してしまいました。
登山のセオリーとしてはマズいんですが、陽の高い時だけ歩いていては見ることのできない風景が、そこにはありました。
次はお向かいの当丸山にも登って、この両古美山のいでたちを眺めてみたいものです。
投稿者 hamayo : 21:19 | コメント (4) | トラックバック
2007 - 10 /15
ミズヒキと野菊
今日の朝、屋根を叩く雨音がいつもより乾いた感じだなと思って外を見ると、雪とも霙ともつかない白いものが降っていました。
昨年と比べるとずいぶん早いですが、昨年がとくべつ暖かい秋だったような気もします。
-6度線が小樽のすぐ北まで下りてきたのは、昨年よりも1週間ほど早いようですね。
雪とは関係ないけど、秋の庭を鮮やかに彩ってくれていたミズヒキと野菊にも、そろそろ陰りが見えてきました。
部屋の中に季節を生けてみようと、一輪挿しに。
投稿者 hamayo : 22:42 | コメント (3) | トラックバック
2007 - 10 / 9
ザ・極彩色 天狗山の石仏さん
小樽天狗山といえば、極彩色の石仏群を忘れるわけにはいきません。
登山道のひとつ地蔵コースの脇には、四国八十八ヶ所の写しとして88の石仏がならんでいるのですが、そのスタート地点にはスゴイ奴らがいるのです。
地蔵コースははじめのうちスキー場のロングラインコースと同じ道をを辿ります。
じきに森の中へと入っていき、谷へ向けて降りていった先が、小樽天狗山 弘法大師四国八十八ヶ所霊場のスタート地点となります。
なんかいる。

アニメ文化?

伽藍が極彩色な例はいくらでもあるし、木彫りの仏像が彩色をほどこされているのも珍しくありませんが、石仏がここまでドラスティックに塗り塗りされているのは、なかなか見られるものではありません。
まぁ真言密教ということを考えれば、この極彩色もべつだん突飛なわけではないのかもしれませんが。
総大将は愛染明王です。

愛染明王は赤くてナンボなんだけど、こりゃ丸形ポストだわい。
#ff0000 ってやつですな。
高野山で見た運慶作の愛染明王とは似ても似つかん仏像だけど、いちおう忿怒相であることは見て取れます。
が、この獅子の冠はないべ。

極彩色の石仏ランドはここだけで、ここから先の登山道では、苔むした仏さまが静かなまなざしで見守ってくれます。
阿弥陀如来のやさしいお顔

これは木彫りですね。

なんかホッとする。

石仏の足もとには、ハートの形のカタバミが。
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木々の葉が親しげに地蔵菩薩に話しかけています。

このときには気付かなかったのですが、写真を整理してて気付いたことがあるのです。
ここの石仏さまってもしかして、ちゃんと本家のお遍路の札所にちなんで、1番から88番まで順番どおりに本尊がならんでるんじゃないのん?。
2番が阿弥陀如来で、21番が虚空蔵菩薩。地蔵菩薩は25番。
写真はアップしてないけど8番は千手観音だったし、9番が釈迦如来の涅槃像だった。
四国八十八ヵ所の写しなんだから当然なのかしらん?。
知らないのはぼくだけかも。。。
帰り道、スキー場のコースのほうに寄り道すると、赤いソバの花がいちめんに広がるお花畑が。

なんか一瞬、神戸の風景がダブって見えました。
布引ハーブ園から見る神戸の風景ってこんな感じだったなぁ。
そんなわけで、リハビリもけっこう楽しい小樽天狗山。
一年中遊べるお山ですね。
投稿者 hamayo : 00:02 | コメント (2) | トラックバック
2007 - 10 / 7
天狗山で野良コーヒー、そして童話の世界へ
ヒザの調子を整えるために、さいきんはもっぱら近場の小樽天狗山の周辺を歩いています。
天狗山の往復はだいたい2時間程度の行程になりますが、これくらいならヒザに何ら違和感を感じることなく歩けるようになってきました。
なんといっても、自宅から登山口まで車で5分という近さ。
そして万一なんかあってもロープウェイで下りられる安心感。
そんなわけで、天気の良い日は山の上でのんびり過ごすために、ザックにいろんなモノを詰めて登ります。
山頂とは逆を示す登山標識。

スキー場のコースをそのまんま上がっていってももちろん山頂へは行けますが、名にし負う天狗山スキー場の急斜面ですから、泣きを見ることは明らかです。
逆を向いてるこの標識は、通称地蔵コースと呼ばれる森の中を向いているのです。
森の中はこの季節、マッシュ天国です。
ラクヨウはもうおおかた取り尽くされてしまってますが、得体の知れないマッシュがあちらこちらで妖しい光を放っています。
ゴルフボールマッシュ(仮名)

グミキャンディマッシュ(仮名)

キノコの森の王、ベニテングタケ
めっちゃウマそう!

ベニテングタケに含まれるイボテン酸は、味の素として知られるグルタミン酸ナトリウムの10倍~20倍もの強度のうま味成分として知られ、ホンシメジや天然マイタケなんかがただのゴミに思えるほど美味いらしいのですが、言わずもがなだけど唯一にして最大の問題は、イボテン酸はヒトにとって中毒成分であり、つまりこれが毒キノコだということですな。
ベニテングタケの小路を歩くこと1時間足らずで、ロープウェイ山頂駅がある8合目に着きます。
本当の山頂は目と鼻の先ですが、そこにとくべつな何かがあるわけでもないので、ぼくは一度しか行ったことはありません。
さて今日の目的は、「うんまいコーヒーを飲みながら、陽がかげるまで読書三昧」です。
秋晴れの日限定のお山での過ごし方です。
豆はオーガニックのコロンビア。
ハンドピック不要な粒揃いのよさは、野良コーヒー向きです。

火加減に注意しながら、一心不乱、というかボーっとしながらアミを振り続けます。
立ちのぼる香ばしい匂いだけで昇天しそう。

約20分でこんな感じに。
フルシティローストからフレンチローストへ行く一歩前、ってなトコです。

アミから飛び出した豆を集めてみました。
ちょっとずつ焙煎が進んでいくさまが色の変化として観察できます。

あとは冷まして、豆を挽いて、ペーパードリップで頂きます。
花園のパン屋、メランジェのウォールナッツレーズンサワーブレッドが昼ごはん。

のんびりと、太陽が動いているのが目に見えるくらいのんびりと。
貿易風をつかまえた帆船のように、山の時間に身体を預けてのんびりと。
中沢新一のカイエ・ソバージュ全5巻を読破中。ただいま4巻目。

最近は昼休みはずっと読書。
昼休みが終わっても 2時間くらいは読書。
仕事しろよと、内からも外からも。
ちなみに、カイエ・ソバージュの1巻目に、ベニテングタケの召し上がり方の一例が書いてあったなぁ。
召し上がり方というか、ソーマの原料として登場するんですね。
この日は木曜日。
平日だったのですが、さすがは小樽のシンボル的お山だけあってけっこう人通りは多く、みなぼくのそばで立ち止まっては、ひと言ふた言話しかけていきます。
その中のひとり、毎日欠かさず天狗山に登ってるという老人が、宇宙の秘密でも打ち明けるかのような囁き声で話しかけてきました。
「この下の道が曲がるところに、草が枯れ
て茶色くなっているところがある。
その左側の草むらに、ウサギの巣穴が開
いているから行ってみろ。
これはスクープになるぞ。」
「スクープになるぞ」が利いてるなぁ。
「巣穴が開く(ひらく)」。なんと詩情あふれる表現なんでしょう。
こりゃまるで宮沢賢治の童話だ。
この穴の向こう側には、もうひとつの世界が広がっている。
ウサギも人も同じ言葉をしゃべり・・・。

不思議な出会いもまたお山の楽しみ。
小樽市民のココロのお山天狗山は、ヒトの脳の神経細胞を、ある方向へ導いていく力があるようです。
それはぼくたちの心の奥深くにある、言葉がまだ詩や音楽だったころの記憶への接続を試みる、軸索突起を伸長させていく力といえるのでしょう。
投稿者 hamayo : 19:31 | コメント (10) | トラックバック
2007 - 10 / 1
ブロッコリーと芽キャベツ(5)
明け方には気温がヒトケタにまで下がるようになった山の中の我が家。
ようやくにして芽キャベツの収穫をむかえることが出来ました。
早生品種なのでもっと早くに採れるかと思ってたんだけど、「定植後90日」が目安ということなので、6月下旬に定植したことを考えれば、まーこんなもんなんでしょう。

じつは9月に入ってから、フタトガリコヤガの幼虫が大発生してしまい、あと一日発見が遅れてたら全滅していただろう、というくらいの被害を受けました。
フタトガリコヤガは本来、オクラなんかのアオイ科の葉を食べるはずなのですが、どういうわけか芽キャベツの株に大発生し、みるみるうちに葉を食べ尽くしていったのです。
さらに、根絶したはずのダイコンアブラムシが再度大発生し、葉の表面はまるで雪が降ったかのように白くなり、みるみる萎れていきました。
夏の高温傾向がなかなか治まらなかったのがひとつの原因かと思います。
毛虫にしろアブラムシにしろ、そこまで大発生してしまうと、もはや「防除」などといってられはしません。
やれ牛乳がよいだとか、木酢液がどうのなどというのは、もっと前の段階で効力を発揮することでしょう。
ここまでくれば、手作業しかありません。
まず、あまりに大発生している葉については、切り落としてしまいます。
そして、アブラムシがびっしりこびり付いた葉の表面を、手で挟んで揉むようにして潰していきます。
そのうち手の中でアブラムシの御団子が出来上がります。
毛虫のほうはハシで掴んで、小屋の下に棲んでいるカナヘビの家族のエサにします。
また後半戦では、野鳥が一日にしてこの毛虫の大半を食べ尽くしてくれました。
そんなこんなで、ようやく食卓に上がることになった芽キャベツ。
とりあえずブロッコリの測花雷といっしょに、グラタンにしていただきました。

収穫までの苦労もあってか、ハンパなく美味しいです。
カレ・ラースンの本に、UCLAの調査によるとアメリカのスーパーで売られてる芽キャベツにはビタミンがほとんど含まれない、というようなことが書いてあったけど、今ぼくが食べているこの芽キャベツは、滋養のミートボールのような深い味がします。
有機栽培の芽キャベツとそうでないものとの差は、他のどんな野菜よりも大きいんじゃないかな。
キャベツ1個分のうまみが、この小さな一粒にぎゅっと凝縮されているといわれても、信じてしまいそうです。
野菜のおいしさを言葉にするのってなんか難しいけど、本当の芽キャベツを、きょう初めて食べたような気がしました。

