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2008 - 4 /21

銘菓 トンネル餅



銘菓とは、その味によってのみ決まるものではない。
長い年月によって磨き上げられた風格が、銘菓を銘菓たらしめるのです。


原材料は米と砂糖。
これ以上シンプルには出来ないという、究極に素朴な組み合わせ。
いわゆる「すあま」です。


ひかえめな赤と緑のラインがかわいらしい
赤と緑のラインがかわいらしい、トンネル餅


賞味期限は製造日当日のみ。
ぼくたちが普段口にしている多くの菓子とちがい、保存料の類がまったく使用されていないトンネル餅は、お店のカウンターに並べられたその瞬間から、刻一刻と風味が変化していきます。


運良く出来たばかりのものを買えたときは、まさしくつきたての餅のように長く伸び、とろけるような柔らかさが「すあま」とは思えない、絶品を味わえます。
昼間に買って夜ウチに帰って食べるころには、もうあの柔らかさは消えかけていることが多いです。


トンネル餅に歴史あり
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓




函館本線の小樽-倶知安間は、まっ平らな北海道のイメージからは想像できないくらいの勾配が続く、いわゆる「山線」と呼ばれる路線です。
なかでも稲穂峠、倶知安峠と2つの峠が続く区間は海からも遠く離れ、建設工事はなかなか捗らなかったようで、それぞれの峠に穿たれた稲穂トンネル、倶知安トンネルの建設はかなりの難工事だったそうです。


明治37年、トンネルの開通をもって函館本線は札幌-函館間がつながります。
稲穂峠と倶知安峠とに挟まれた山間の集落「小沢(こざわ)」には駅が置かれました。
この小沢で和菓子店を営んでいた西村久太郎さんが、両トンネルの開通を祝って売り出したのが「トンネル餅」です。


羊蹄山をまたぐ、小沢駅跨線橋
羊蹄山をまたぐ、小沢駅跨線橋


日露戦争による軍需という背景があったにせよ、それまで鉄道がなかった小沢の町に線路が引かれ、小樽にも長万部にも繋がるようになったことの喜びは、はかりしれないものがあったと思います。
事実このあと大正の時代になると小沢-岩内を結ぶ岩内線が開通し、一転して小沢の町は交通の要衝として栄えます。


時は流れて鉄道は冬の時代。
岩内線が廃線になり小沢に再び静けさが戻ります。
あとになって開通した室蘭本線(海線)に役目を譲った函館本線のこの区間も、いまや優等列車の走らない名ばかり本線となってしまいました。
それでも駅は残り、トンネル餅も残りました。


いずれ新幹線が延伸されると、並行する在来線はJRから分離され、もしかすると函館本線のその一部は廃止される日がくるかもしれません。
トンネル餅がその名に冠するトンネルは失われてしまいます。
そのときトンネル餅は残るだろうか。


トンネル餅の包み紙
トンネル餅の包み紙


当時の歓喜が込められたであろう、レンガ積みのトンネルから現れる蒸気機関車の絵。
絵の中の時間は明治37年から止まったままですが、小沢100年の栄枯盛衰を見続けてきた蒸気機関車の目は、その悲哀をも伝えているかのように見えます。
そしてこれからさき、この蒸気機関車はなにを見てなにを思い、12年後にはなにを伝えるのでしょうか。


もの言わぬ長老のような風格を備えた銘菓トンネル餅は、その柔らかさの中に長い年月を閉じこめて、これからも地域の歴史を伝えていくことでしょう。


小沢駅のホームから
小沢駅のホームから。エゾエンゴサク

投稿者 hamayo : 2008年4月21日 22:26

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コメント(7)

ほんとうに優しそうな色合いからは想像できないようなトンネル餅という名前ですが、形がトンネルを表しているのでしょうか。
美味しそう~。食べてみたいです。

北海道は、仕事も含めて8回行きましたが
山線は一度しか乗っていません。

今や、一般の観光客にとってはほとんど縁のない路線になってしまいましたね。

この文章を読んで、峠の力餅を思い出したのですが
HPも作っていて元気そうですね。

to 水仙さん

形はトンネルとはまるで関係ないんです。
でも赤と緑のラインには、なんか意味があると思うんですよねー。
でもそれが何かは分からない・・・。


to DJさん

今の山線の花形は、SLニセコ号とニセコエクスプレスの季節列車だけですね。
時間が取れたら、小樽-長万部の普通列車に乗って風景を楽しみたいものです。

峠の力餅はしっかり頑張ってるみたいですね。
板谷峠は学生時代に車で行きました。
車で行って駅寝する、という旅でした。
あの辺も新幹線が開通したことで、色々と変わったのでしょうね。

どーも、こにゃにゃちわん。
イイね~、こういうネタ。
そのパッケージ、あ~懐かしいなぁ・・・まだ小沢駅の下にある商店で売ってたんですな。
かつて鉄道の要衝として栄えた小沢、岩内線が分岐し稲穂峠から倶知安峠に至るの間の山線安らぎの場、そして賑わう国富鉱山、ニシン景気で湧く岩内・・・。
そこには確かに希望に満ちた溢れた時代があった・・・しかし今は・・・。
その昔、国鉄に居たじーちゃんの話だと、この峠で立ち往生したり応援機関車を呼ぶような事態になったら即、小樽築港駅の貨物入れ換え機関士に格下げになったって話してましたな。
まさにSL機関士の腕の見せ所だったようです・・・機関士の腕に機械である機関車が答えてくれる、だから息子のように可愛がらないとダメなんだってよく言ってました、じーちゃんね、機関士=職人・・・ん~イイ話し出すな。

ちなみにおいらも山線には色んな思い出がありますもんで、このトンネル餅のパッケージを見ていると色々な思いが込み上げてきます。
にしても、地方交通は惨たんたる状況ですな、乗らないから儲からないからハイ廃止って、これじゃ地方に住みたくても住めないよね、こんなところまで競争の原理を持ち込むのはどうかと・・・(田舎を後にしたお年寄りの大半は鉄道いやバスすらも無くなり仕方なく都市部に移ってきたって事を解ってもらいたいっす)。

おばんでござりす。
まさに文字通り「細々と」作ってるようです。
薄暗い店の中に積まれた一昨年のニセコエクスプレス(ニセコのタウン誌)が、物悲しさ感をいっそう増長させていました。

朝に一度作って売り切れたらオシマイなんだと思っていたのですが、今回駅の周りをウロウロしてて発見したところによると、売れたらまた順次作ってカウンターに積み上げられていくみたいです。
どおりで夕方に買っても、トローリもっちもち食感が保たれてるわけだ。

kacchinはんのじーちゃんの話しはなかなかおもしろそうですな~。
いまや電車は無人で走る時代。
マン&マシン、ソフトとハード、互いの協調こそが最も大事だった時代を、ぼくらはもう自分の目で見ることはできんのか・・・。
ノスタルジーはいつだって効率化には勝つことが出来ないんですな。
なんべん戦っても帝釈天には勝てない阿修羅のように。

「赤字路線の廃止」ってのは、機械修理の現場でのAssy交換や、企業での社員のリストラとかと似た論理ですよね。
治したり良くしようとする努力を放棄して、悪い部分はバッサリ切り捨てる。
公共交通を提供する企業が、株主や銀行の顔色ばっかりうかがう時代ってねぇ。トホホ。
「鉄道等の利用者の利益を保護」とか「公共の福祉を増進」とか「乗継円滑化措置」とか「公衆の利便の確保」なんてのは、見えてないのか見て見ぬふりなのか・・・。

こんにちは。
たまたま拝見しました。
先週、北海道を旅しまして、このトンネル餅を予約して食べました。末次商会さんが小沢駅まで届けてくださいました。
ただただ感謝、感謝です。
お願いした列車の数十秒間の停車時間に歴史あるお菓子を食べることができた喜びはひとしおでした。

はじめまして、sfa-y-aさん。

それは本当に素晴らしい体験だったでしょうね。
ぼくは車でしか小沢を訪れることがありませんが、汽車に乗って小沢に来ると、また別の感慨があると思います。

いつも感じることなのですが、車から汽車を見るとその中は全く別の世界のように見えますし、逆に汽車から外を見ても別の世界のように見えます。
異なる世界と世界の接点になる「駅」という場所は、そう考えると特殊な場所なのかも、なんて思ってます。

そういう場所で外の世界からものを受け取るということは、ささやかではあるけれど、日常生活では得られない特別な体験だろうなと、うらやましく思います。

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