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2009 - 10 /29
ツール・ド・裏山
風は冷たいけど、めずらしく湿度のひくい朝。
尾根の向こうの山の、ここから見えない秋が、ぼくをそわそわさせます。
トドマツにからみつく、山葡萄のまっ赤な葉が、かさかさ音を立ててゆれている朝。
その音は、まるでぼくを呼びにきた、山の声のようです。
地図にない道、地図にしかない道、いくつも走るこの裏山を、山の声にみちびかれて、ふらふらと歩いてきました。
裏山だって、宝の山です。
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奥沢水源地から勝納川に沿ってさかのぼり、源流部の穴滝から遠藤山へあがる古い登山道を使って縦走路へ出て、天狗平ちかくからふたたび勝納川へおりてくる、というのがおおまかな予定です。
でも、川沿いの道と縦走路いがいは、通れるのか通れないのか、それ以前に、あるのかないのかもわかりません。
そんな不確定要素もおりまぜつつ、いざ裏山へ。
絵に描いたような、里の山の、秋の風景。
うつくしい水辺には、たくさんの動物が、足あとを残していました。
帰りに使う、縦走路から降りてくる道との合流は、どこにも見当たりませんでした。
たんに見落としただけかもしれないし、ほんとうに無いのかもしれません。
小樽峠へ向かう道から離れると、うす気味悪い沼地へと下っていきます。
切り立った山肌にはさまれた谷はせまく、水は縦横にながれを作り、あちこちにあふれています。
どこに足を置いても、ぶずぶずとのみこまれ、引き抜いた足には、腐葉土と泥がこね合わされた物体が、塊になってくっついてきます。
けっして新しい靴を履いて訪れてはいけない場所です。
泥と格闘しつつ遡行していくと、道のさきに不気味な穴が現れました。
穴というよりは、巨大な生物の眼。
ヒトとしての本能は、近寄っちゃいけないとシグナルを送っています。
人間としての好奇心が、そこからじゃなにも見えないよと背中を押します。
意を決して、暗がりの中にはいってみると、そこは思いのほかこころ落ちつく場所でした。
充満する暗闇の中に、ささやかな滝とほそい水流が光り、中と外とをへだてています。
ここから見る外の風景は、近い過去のできごとのように映ります。
穴のそとでは、時間が停止しているんじゃないか?
外の世界がどんどん遠ざかっていくような感覚におそわれて、なんだか怖くなって穴からとびだしました。
入り口の上には、オーバーハングした柱状節理が見られます。
穴の内壁は、もろく崩れやすい岩でできています。
もろい岩の上に硬く重たい岩がのしかかり、水流がもろい部分を浸食していくことで、この穴は成長しているようです。
穴滝をあとにして、遠藤山へ。
地形図をひとめ見て分かるほどの急峻な斜面に、うすく付けられた踏み跡をたどって高度を上げます。
やがて傾斜がゆるくなってくると、あらかた葉が落ちて風とおしがよくなった、爽快な雑木林のなかを歩きます。
紅葉の「紅」にいくつも色があるように、黄葉の「黄」も一色ではないことがよくわかります。
色あせた足もとには、紅一点のマイヅルソウ。
小樽と余市の境界尾根まで上がれば、木の間越しに街を見おろして、遠藤山に到着。
ごうごうと風が吹きぬける縦走路を、東へ向かいます。
於古発山、於古発分岐と軽快に走り、見晴らしのいい大曲で遅い昼食です。
コーヒーから立ちのぼる湯気の多さに、季節のうつろいを感じます。
おなかを満たしたら、ここからそう遠くない地点にあるはずの、勝納川へくだる道の分岐へ。
そこを通れないとなると、ちょっと困ったことになるので、真剣に探します。
目を皿のようにして。
ですが、eTrexを頼りに見つけた踏み跡は、すこし歩いた先で地面の中にとけて消えていました。
登りならともかく、下りでここに飛び込むのはリスクが大きすぎます。
しかたなくここをあきらめて、天狗山の登山口まで縦走路を歩くことにします。
どうやってスタート地点まで戻るか?、という問題は歩きながら考えましょう。
天狗平の縦走路は、落ち葉で埋めつくされていました。
そして小樽を見おろす天狗山へ。
長かった裏山ハイクにも、終わりが近づいてきました。
天狗山スキー場の急斜面は、最後の試練。
ここを下りれば、いちおうはゴール。
さてこれからどうするか。
バスを乗り継ぎ戻るために時刻表を見ていると、そこに空車のタクシーが。
あまりの幸運に、「渡りに船だ」と思わずひとりごちて。
こだま交通さんの、まだタクシーに乗って数日で、小樽の道も知らないというニュービーに拾われ、天神浄水場へ。
「車を置いてるところまで乗せますよ。」
「いやいや新人さん、ここからは悪路だから、タクシー汚れて怒られるよ。」
親切をことわった、ほんとうの理由は、まだもう少し歩きたかったから。
日が落ちて、黒くなった森に、たなびく息は白く、羊のように、あとをついて来ます。
風はもう、葉をゆらさなくても、耳のおくに残る、余韻をたのしんで。
遠い川音が、それをかき消すころ、旅はおしまい。
ふぅ。長かった。
長かったけど、楽しめました、とても。
山のうえに吹く風は、すこし先の季節を教えてくれます。
これを書いている今、家のまわりの森は、この日の山と、おなじ光です。
ということは、そろそろ山は、冬支度を始めたころかな。
小樽は、海ばかりじゃないですよ。
登山日:10月下旬
天神浄水場~穴滝~遠藤山~於古発山~天狗山GPSトラック
天神浄水場~穴滝~遠藤山~於古発山~天狗山断面図
投稿者 hamayo : 22:42 | コメント (14) | トラックバック
2009 - 10 /20
有珠山にも登山道がありました
とある山に向かう途中、ふと目にはいった「有珠山登山口」の看板にひきよせられて、Uターン。
はて?有珠山に登山道なんてあるのだろうかと訝りながらもやって来たら、意外にも立派な看板が立っていました。
どうやらジオパークなんてものに指定されてしまったことで、フットパスを整備してるようであります。
ここの地図は持ってきてないし、GPSレシーバにも地図を入れてない。
この山のことはなにひとつ知らないけれど、これもなにかの縁ということで予定変更、有珠山に登ってまいりました。
森の入り口、ヤマグリの林。
道南の山に来ていることがつよく実感できます。

ザーっと雨が降ったかとおもえばまた晴れて、晴れたと思えばまた降って、きょうはずっとそんな空模様。
枝先からしずくがたれる針葉樹とちがって、落ちてきた雨をあつめて幹に流す広葉樹の森は、こんな天気の日に歩くのにぴったりです。
体にあたる雨粒で、林冠にあいた空の面積を推し測りながら雑木林を歩いていると、しずくといっしょに落ちてくるカシワの芳香に、思い出されるのは五月五日のこどもの日。
カシワといえば鶏肉のことしか考えられなかった少年が、その餅をくるんでいる葉っぱがカシワだと知ったのは、大人になってからさらにずっと後のことです。
地図がないので、いまどこにいるのか、この急坂はどこまでつづくのか、皆目わかりません。
谷に沿ってのびる道を、おおげさなほどのスイッチバックを何度か切ってのぼっていき、森をぬけたところには、見晴らしのよい草原がひろがっていました。
遠くに去った雨雲が、いま雨を降らせているのは、静狩峠のあたりでしょうか。

外輪山にあがれば、とつぜんに整備のいきとどいたトレイルがあらわれました。
これがうわさのフットパスなんでしょうか。

ところが道は、このさきで行き止まり。
やはり有珠本峰への登山は出来ないようで、この登山道は外輪山へのぼるためのものだったのです。
ですが、ここから見る有珠山の荒々しさといったら、とても700mぽっちの山とは思えません。
巨大な湖のようにも見える噴火湾と、そこに寄りそうかずかずの小さな港。
山の風景も、海の風景も、文句のつけようがない大パノラマです。
・有珠の南外輪山からの、山と海のパノラマ
QuicktimeVR版 (高画質)はこちらをクリック(1144KB)
Flash版 (中画質)はこちらをクリック(1333KB)
さっきまで見えていた羊蹄山には、早くもつぎの雲がかかり、みるみるこちらにせまってきます。
有珠善光寺の奥の院にお参りしたら、雨が落ちてくるまえに山をおります。
道ばたに立っていたオオウバユリで、子供のころやったみたいに遊んでみました。

麓におりてくるころには、雲は去ってまぶしい木もれ日。
外輪山にいたアイツのかっこをマネしてセルフ。

町を見下ろせる低山に登るといつも思うのは、山が町を見ているのと同じように、町の人たちもこの山を見つめながら毎日をすごしてるんだろうな、ということ。
仕事の合間に見上げた山にこころなごませる人は、この山をどう思っているのだろう。
たびたび噴火しやがってと憎々しく思っている人は、この山になにを感じるだろうか。
そこに見上げる山があって、なおかつ相思相愛なら、それはそれはすばらしい人生でしょう。
ぼくもいつかそういう場所を見つけることができたらいいなと思いながら、有珠の港に立ち寄って、山にあいさつをして帰りました。
登山日:10月中旬
有珠山(南外輪山)GPSトラック
有珠山(南外輪山)断面図
投稿者 hamayo : 21:48 | コメント (12) | トラックバック
2009 - 10 / 8
会津の巨峰、磐梯山
富士山の大きさを実感したいのなら、東海道新幹線に乗るのがいちばんです。
夜道を歩けば月がついてくるのと同じように、富士山は時速300kmで走る新幹線にぴったりとついてきます。
空の雲が後ろへ飛んでいく中で、富士山は新幹線についてくるのです。
それと比べたら、さすがにスケールダウンを感じるけれど、磐梯山という山の大きさをぼくはかつて、夜の磐越自動車道で知りました。
高速道路を走る車、窓の外をどこまでもついてくる黒い巨体。
おなじ独立峰の羊蹄山と高さはかわらないのに、この重量感と圧迫感はどこからくるのだろうかと。
ずっと遠くにいて憧れだった磐梯山。
ちょっとした機会に恵まれて、用事のついでに登ってまいりました。
八方台から歩きはじめると、最初のポイントとなる「中ノ湯」までは、若いブナにおおわれたきもちのよい森を進みます。
かつてはこの奥に温泉宿があったためか、勾配のゆるい歩きよい道です。

残念ながら廃業してしまいましたが、歩いてしかいけない山奥で温泉宿の営業ができるというのは、北海道との大きなちがいです。
本沢温泉、赤岳鉱泉、夏沢鉱泉、仙人温泉、三斗小屋温泉・・・
歩いてしか行けない温泉宿は、山旅をより楽しくさせてくれるだけでなく、「登山+温泉」という日本の登山文化を象徴する存在です。
裏磐梯からのコースと合流したら、がぜん本気の急登でぐいぐい登っていきます。
落ちたら最後のがけっぷちや鎖場など、変化のある楽しいトレイルです。
くずれた斜面の途中からは、表磐梯のやわらかな風貌とは正反対の、するどく切り立った岩峰が目をたのしませてくれます。

やがてあたりは霧につつまれるけど、山肌の燃えるような色づきに元気づけられて、峠をめざします。

傾斜がゆるくなり、峠でほかのコースと合流したら、おおぜいの登山者でにぎわう弘法清水小屋。
ここは四合目です。

帰りがけ、一杯300円のきのこ汁を所望すると、具がほとんどなくなってしまったということで、タダにしていただきました。
けっこう急な、小屋からの最後の登りをこなすと、ガレガレの山頂に到着。

山頂からは、荒々しく削られた櫛ヶ峰や火口壁、今年6月に発生した大規模な土石流、数えきれないほどの湖沼群など、山の強さと美しさをリアルに感じられる眺望がひろがります。
そうそう、磐梯山の大きさの秘密。
それはたぶん、山頂が五合目だということです。
何度もの大噴火や山体崩壊の結果、山の上半分が失われてしまったのが、いまの磐梯山の姿なのだそうです。
だからいまの山頂は、もとの五合目であって、そこからかつての山の高さを想像すれば、重力すら感じるほどの山体や広大な裾野も、なるほど合点がいくわけです。
さて、帰りは「お花畑コース」を通って下りていきます。
もちろん花なんて咲いていませんが、独立峰とは思えない雄大な山岳美になんども足をとめて、なごり惜しい帰り道。

この大きくて美しい山から、もう去らなきゃいけないのか。
残念な思いはきっぱりと背中からおろせば、ふしぎと足どりも軽くなります。
山から元気を分けてもらうって、こういうことなんだなぁ。
「今日もいい山歩きができました」。
こころのなかで山に頭を下げて、磐梯山をあとにしました。
ひとつの山に、6つも登山口がある山だけあって、おおぜいの人が行きかう登山道には活気がありました。
とりわけ驚いたのは、ファッション雑誌の山特集から抜け出てきたような、山ガール・山ボーイたちがあちこちにいたことです。
観光がてらにちょっとそこまで、といった雰囲気の人たちとは一線を画す、完全山装備+αのオシャレさんたちがしなやかに登山道を駈けていく風景は、北海道じゃ見られないものですね。
こうして若い人たちがしっかり山に登ってる姿を見ると、山登りの文化がちゃんと受け継がれていく安心感と同時に、登山に対するまったく新しいパラダイムが生まれそうな予感にワクワクします。
年を取った証拠かな。
登山日:9月下旬
磐梯山(八方台コース)GPSトラック
磐梯山(八方台コース)断面図
投稿者 hamayo : 23:11 | コメント (15) | トラックバック
2009 - 10 / 5
小松菜のふくろの中に
なんか台所のほうから、カサカサと音がするなと思って見てみたら、なんとまー小松菜の袋の中で、トンボがあばれてるじゃないですか。
いったいどの段階で入ったんだろうか。
収穫の時かなぁ。
庭に出してあげたら、すいーっと空に向かって飛んでいきました。
すこししてから窓を見たら、網戸につかまってトンボが休んでいました。
やっぱりちょっと疲れてたみたい。
しばらくたって見たときには、もういなくなっていました。
今ごろどうしてるかな。




















