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2010 - 3 /17

小樽の町に向かって



これが最後のチャンスです。
町をつつむ空気には、春のはなやかさが見え隠れしています。
季節は次の段階へ進もうとしています。


Mさんの家の前を通ったとき、玄関先にいたMさんに声をかけられました。


 「今日も山かい。
  春になったもんだから、ゆんべまでずっと暖気
  だったけんど、今朝はいっぺぇ積もったべ。
  今日だら最高気持ちよくてっぺんまで行けるど」
  

Mさんには見えるのでしょう。
こんな日は、あの谷はこうなってる、この尾根はこうなってると、頭の中に思い描くことができるのでしょう。


 「今日だら行ける」
 

本の大事なところにアンダーラインを引くみたいに、Mさんは同じことを繰りかえし言いました。
山頂へ行くのなら、今日をおいてほかにない。
行くしかない、行かないわけにはいかない。
そう確信しました。





この冬、何度この場所を歩いたでしょうか。
この冬、何度この場所を歩いたでしょうか。


クルミの木も、カツラの木も、コナラもミズナラもシラカバも、皆いつもの場所でいつものように出迎えてくれます。


アジサイ ユー・エフ・オー
アジサイ ユー・エフ・オー


夕べ積もった雪は約30cm。
標高が上がるにつれて、雪はさらに深くなっていきます。


見晴らしの丘を越え、谷を詰め、スノーブリッジを探します。
できるだけ谷が浅く、そして狭い場所を探してるうちに、胸板の壁のすぐ近くまで来てしまいました。
もうこれ以上は、溯れません。
谷のほうへ降りていってみます。


源流部、川幅も深さもちょうどいい塩梅、完全とはいえないまでも、水の流れは雪に埋まっていました。
谷は雪で埋まり、扉は開かれました


扉が開かれたのです。
これでようやく四ツ峰に取り付くことができます。


四ツ峰の最初のピーク、小樽の町もずいぶん遠くになったものです。
四ツ峰の最初のピーク、小樽の町もずいぶん遠くになったものです。


予想通り等高線のふくらみには、地形図にはないピークが隠れていました。
直登するか、右から巻くのか、左から巻くのか、雪庇の張り出しはどうだ。
風の通り道、発達したスラブ、雪の下は氷、氷の下は岩。


巻きすぎて隣の尾根に乗ってしまわないように、太陽を道しるべにして。
西の谷から吹き上がってくる白い塊、視界が消える、動いてはいけない。
シラカバの陰で、光が戻るのをじっと待つ。


小さな吹雪が去ったあと日が射す方を見れば、最後のピークがそこに。
小さな吹雪が去ったあと


登りきってみると500m台地は文字どおり広々とした台地で、まばらに雑木がおおう静かな山でした。
三角点のある場所を目指して歩き回ってみても、どこが山頂なのかは皆目わかりません。


でもそんなことはもうどうでもいいのです。
ぼくは目的を果たしたのです。
裏山のいちばん高い場所に、いま立っている、その事実だけでじゅうぶんです。


この冬の定番ジンジャーチャイが、これほどおいしい日はありません。
この冬の定番ジンジャーチャイが、これほどおいしい日はありません。


どこででも見られる冬木立、どこにでもある冴えない林。
とくに眺めがいいわけでもなければ、目立つ高みがあるわけでもない。
そんな山頂の風景に、ぼくは今までになく感動しています。


今日、家を出てからかかった時間は3時間ですが、この5年のあいだにこの裏山を歩いた時間は、その何十倍にもなります。
その時間がこういう気持ちにさせているのだと思います。


また来年、ここに来られるかどうか、ぼくには分かりません。
道路工事が始まってしまえば、山に入れなくなるかもしれません。
あるいはそんな山には、入る気がしないかもしれません。
ひとつだけ言えることは、今日見たこの山の風景は、来年には見られないということです。
今日で最後。ジ・エンドなのです。


そんなことばかり考えていると、帰るタイミングをつかみそこねてしまいます。
だけどいつまでもいるわけにはいきません。
Mさんがそうしてきたように、ぼくもこの裏山のことをしっかりと記憶にとどめておきましょう。


時間です。
テルモスをザックにしまい、シールをはがし、ビンディングを滑降モードに切り替えて、準備完了。
さようなら、500m台地。


この風景を目に焼き付けて。
この風景を目に焼き付けて。




小樽の町へ向かって。
小樽の町に向かって


おしまい。

投稿者 hamayo : 2010年3月17日 07:28

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コメント(10)

僕には未だにここがどこだかよくわからないのです。

でも、恐らくもう誰も観る事のできないであろう、
hamayoさんの目に焼き付いたこの景色は、
hamayoさんのblogを観ている僕や、他の方々はこの記事から、
そして「今日だら行ける」とおっしゃった老人もまた、
山へ登って行くhamayoさんの後ろ姿を通して、
この光景を記憶として刻む事になるのでしょうね。

いつかここに道路ができて、もしぼくがその道を走った時は、
きっとそれを思い出すのかも知れません。

>小さな吹雪が去ったあと日が射す方を見れば、最後のピークがそこに。

この山頂の光と影の言い様の無い美しい写真からは、
この時hamayoさんが飲んだジンジャーチャイがどれ程
美味しかったか、そんな気持ちが伝わって来る様な気がしてなりません。

裏山エクスプロレーション2010楽しく拝見させてもらいました。
ありがとうございました。

民話と呼ぶには些末だけど、Mさんがいう「滑降のコース」の話しは、この集落の人たちが共有する物語のようなものなんだと思います。
というのも、後日べつの老人から、まったく同じ話を聞かされたからです。

ぼくが歩いたのは家の裏に実在する山なんだけど、いつのまにかこの集落が共有する過去の記憶をめぐる旅に巻き込まれていた、そんな気がします。

その旅に必要だったツールが、スキーだったんですね。
物理的な意味においても、論理的な意味においても。

遠い将来、この物語の中に、テレマークという古くて新しい道具を使って裏山を転げ回る人の話が書き加えられたとしたら、こんなに愉快なことはありません。

 > いつかここに道路ができて、もしぼくがその道を
 > 走った時は、きっとそれを思い出すのかも知れません

ぼくにもそういう日が来ると思います。
どんな感慨を持って、この山を見ることになるのか、今は想像すらできませんが。

特別気にとめることのない裏山・・・ココはhamayoさんにとっては秘密の遊び場で特別な場所だったんだな~~~と思ったよ。いやっ・・・特別な場所になったのかな?!
何だかね~トムソーヤの冒険を思い出した!!(笑)

blogで伝えられた事柄の何倍もの思いがあったんだと思う。私もいつもHP&blogにUPするとき、あれも~これも~と思うけど感じたこと。思ったこと。全ては伝えきれない・・・

500mの台地を踏めたことは感動もので最終回を見た余韻に今も浸ってるけど、そこへ至るプロセスがとても楽しかった。なんだかコレを読み終えたとき心がじ~~~んわり温かくなるのを感じました。

楽しかったです。ありがと♪

どこにでもある小さな山なんだけど、そういう山でもグッと寄って、奥深く入りこんでみれば、いろんな発見があるものですね。

尾根のむこうの谷にある集落や、山の反対側の小さな村にも、たぶんここと同じようにさやかな昔話なんかがあるんだろうね~。
でもそういうのって、よそから来てちょっと山に登りに来ました、みたいな人にはなかなかうかがい知ることはできないだろうから、やっぱりこれは「裏山」でないと経験できないものなんだろうね。

 > 全ては伝えきれない

そうだよね~。
思ったことも感じたことも全部は主観だからね。
でもそれを伝えるための言葉を探す作業も、なかなか楽しいもんですよ。

 > 心がじ~~~んわり温かくなるのを感じました

そういってくれると嬉しいです(^o^)
今はぼくも心が満たされていて、次の何かに手を付ける気にはならない感じです。


こんにちは。
どう言えば良いのでしょうね。
もし仮に、Waldenの延長線にあるべきものがこの国に入ったとして、で同時に入ってしまった産業主義的価値観に人々の自然環境との関係が歪まずに済んだら、hamayaさんのこの「裏山の文化」とでも言うべきものこそが、普遍的でスタンダードなものになり得たのかな…。

そして、だとすれば、この国の社会はこれほどに壊れずに済んだのかなと思えます。
北欧。とりわけノルウェーやフィンランドの人々の自然や風景とのじつにバランスのとれたライフスタイルの有り様など。hamayaさんの視点やスタンスにそうしたことを感じます。
拝読しながら、そんなことを考えさせていただきました。

いまから10年ほど前、北欧の国々を3ヶ月ほどぶらぶらしたことがあります。
特段の目的もなく、気に入った町があれば何日もとどまるし、そうでなければ通り過ぎる、そういう旅でした。

何十もの国々の何百という人たち、空き瓶を拾って生活している人から国家公務員まで、ときにはテーブルで、ときには酒場で、ときには山の上で、ありとあらゆる話しをしました。

100の国があれば100の文化があるし、隣の芝生が青く見えることも分かっていますが、それらを差し引いたとしても、やはりこの国はどこかでルートミスしてしまったんだな、と感じます。


ずいぶん前から、「田舎暮らし」とか「里山」といったキーワードが広く使われるようになって、これらの言葉がどういうものを指し示しているのかということも多くの人たちに理解されているようですが、最近では「田舎」や「里山」までもが値札を付けられ、都市の人たちが作ったシステムの中に組み込まれつつあるように思います。

都市と地方、対立する必要もないし、迎合なんてもってのほかだけど、「都市には都市のやり方があるんだろうけど、こっちにはこっちのやり方があるんだわ。気にかけてくれるのはありがたいけど、手は出さなくていいから。」
ぐらいの距離感がちょどいいのかなぁ、なんて思ってます。

hamayoさん お名前をタイプミスしてました。ごめんなさい。

おいらも二十代の後半をずいぶんヨーロッパを彷徨きました。ただ目的がクライミングでしたから行った先はすべて今の日本語で言えば「僻地」です。ですから都市は知らないし、言葉もあまり得意じゃないからhamayoさんのように多くの人と話をすることなどできませんでした。
ですが、感じたことはかの国々には「都市が地方を見下す」ような社会認識などないのではないかということです。フランスや北欧などでは、むしろ「田舎が無い奴が馬鹿にされる」とまでは言えないかもしれませんが、「田舎が無い人が恥に感じている」ぐらいの状況が感じられました。
さらにを言えば、本当に乞食から哲学者のような方までが「自然環境との豊かな関わり」を大切にしてるんだなとも感じました。郷里の自然がどれほど素晴らしいのか。また、そこに自らがどのように快適に過ごしているかを、じつに皆さん熱く語るのです。こちらがその言語を解さないので身振り手振りを交えて…。
こんな感覚、現在の日本人には考えられ無いです。で、そう感じたさせられたものに似たものを、hamayoさんの写真や言葉に感じます。
hamayoさんのおっしゃる「ルートミス」の解析に、この辺をよく知ることが意味があるのかも知れませんね。

名前のタイプミスは、どうかお気になされずに。

ぼくなんて語学力はゼロに等しいですよ。
高校時代の英語の成績は、学年で498人中497番目でしたから(笑)。
まーでも、行っちゃえばなんとかなるもんです。
北のほうに行けば英語だって通じませんし。


 > むしろ「田舎が無い奴が馬鹿にされる」とまでは言えない
 > かもしれませんが、「田舎が無い人が恥に感じている」
 > ぐらいの状況が感じられました。
 
まさにそれに相当するのがぼくなんですよね。
「田舎がなくて悔しいなぁ」と感じています。

だいぶ前にこのBlogでも書いたのですが、ぼくの実家はいまぼくが住んでるところよりも都会だし、両親の実家(ぼくの祖父母の家)はそれよりさらに都会だったので、「おばあちゃんの家でカブトムシを捕った」とか、「蝉時雨のなか縁側でスイカを食べる」とか、「川にもぐって魚を突いた」などといったよくある夏休みの光景には、まったく共感できないのです。

共感はできないけど、とてもあこがれます。
でもどれだけあこがれても、田舎を持たない者は、永遠に持つことはできないんですよね。
もちろん金じゃ買えませんし。

感度ーモンだぜぃ!
こうやってさ、50近いおやじがさ、おもちゃ渡されたガキみたいにワクワクしてるんだよ
ハマちゃんマジックだね

喜んでもらえてよかったです。
足を動かせないと、こーゆーのは目の毒でしょ。ウヒヒ。

ところで、ウィルとかなんとかって名乗るのはやめたのかしらん?

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