2010年8月14日
なにも見えないニペソツ山
「よくもこんな急な斜面に、びっしりと高い樹木が森を作れるものだ。」
登山口の車止めから、十六ノ沢の対岸の、これから登っていく尾根を目で追いかけるのは、できることならやめておいた方がいい。
見るのなら下りてきた後だ。
あそこを登るのかと考えるとどうにも気が滅入る。
あそこを降りてきたんだと振り返るのなら充実感も増すというもの。
実際歩いてみればそんなでもないんだろうけど、空との境界線はとても遠く、もしかすると書き割りなんじゃないかって思うくらい、非現実的な距離を感じる。
両目で見ているのに片目で見ているみたいな不思議な立体感は、巨大な人工的構造物を見上げるときのそれと同じ。
踏み潰されそうな恐怖。
今日どこまで歩くかは、まだ決めていない。
ニペソツ山が見える場所で寝たいなとは考えているけど、すでに下山者がいるぐらいの遅い出発で、重たいテン泊装備を背負ってどこまでいけるだろうか。

それでなくても薄暗い森の中が、時折りぐっと暗くなる。
強い雨。
天井高く、何層にも枝を重ねる木々の下を歩いていると、雨に当たることはなく、木立に透けて見える空間に、白い筋が縦に描かれるのを見て、雨が降っていることに気づくだけ。
平地の気温が35度を越そうかという夏の日に、まだ標高の上がらない急登を真昼間にこなすには、悪くない天気だ。
尾根筋を忠実に辿る道は、木の根をつかんで這い上がるような急登で強引に高度を稼ぎつつも、開けた場所では樹海の向こうにいくつもの山並みを眺めることもあり、思いのほか早く登り詰めることができた。

小天狗岳直下の、スリリングな岩場の先にある小さな平坦地には、密にしげった笹藪のなかに、背の高くないトドマツがぽつんぽつん。
遠くを見ると、前天狗の山頂すれすれに、ビデオを早回しするみたいなスピードで、灰色の雲が次々にからみ付いては引き剥がされていく。
分かってはいたけど、風は相当強そうだ。

下りてくる人に稜線の様子を尋ねると、雨が降っているわけではないが、水気を含んだ猛烈な西風になぶられて、暴風雨と変わらない中を歩いてきたとのこと。
時刻はまだ12時。
ここで今日の行程を終えるのはあまりに早いが、そんな苛烈な場所で夜をすごしたくもなく、かなりの長考の結果、天狗のコルと呼ばれるこの場所に幕を張ることにする。
標高1580m、曇り空。気温は22度。
風はけっこう強いけど、テントの中は暑くもなく寒くもなく。
降りてくる人もいないし、むろん登っていく人ももういなくて、静かな午後の時間。
こんなに時間が余る予定じゃなかったから、本も持ってきておらず、することもなく横になって目をつむり、いつのまにか眠ってしまう。

二人連れの登山者の足音で目を覚ますと18時。
この時間に下山する彼らは、明るいうちに下まで降りられるだろうか。
お気を付けてと心の中でつぶやいて、後ろ姿を見送ると、たぶんもうこの山には、ぼくひとりだけ。
明日の朝まで、ひとりじめ、ひとりぼっち。
テントの中で粗末な夕食を食べ終えて外に出ると、あたりに立ちこめるガスが、じわじわと領地を広げている。
さっきまで見えていた前天狗や小天狗も、今やすっぽりと靄につつまれて、水平方向の視界は200mほど。
19時をすぎると、灰色一色だった空間が、うすぼんやりと赤の波長の間接照明。
頭上を覆っているガスの上は、きっときれいな夕焼け空なんだ。
もうじきものすごい星空になるんだろうけど、このガスの中じゃどうしようもない。

早々と寝袋を広げて目をつむる。
ちっとも眠くない。
昼寝のせい?。
いやそれだけじゃない。
つとめて考えないようにはしていても、どこかにいるだろうヒグマの存在に、びびっている自分。
ここから一番近い人間までの距離よりも、いちばん近くにいるヒグマまでの距離の方が、きっと小さい。
明日朝いちばん最初の登山者が上がってくるまで、あと約10時間。
夜は長い。
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暑さで目が覚めた。
ザックに付けた温度計は20度。
ひと晩中西風が吹き続けたけど、結局ぼくは寝袋を使わなかった。
上掛けにさえしなかった。
620gの重しを背負ってきたわけだ。

真横から太陽が照らしているのが、テントの中からでも分かる、
でもフライをあけて見ると、晴れて青空が見えてるのは東の方角の、仰角10度くらいまでだけで、相変わらず頭上はガスに押さえつけられ風も強く、前天狗も見えない。
まるで士気の上がらない朝。
6時をすぎると次々に登山者がやってきた。
みな口々に、おかしいなぁ下は快晴だったし予報は晴れだったのに、と言う。
でもおかしなことはない。
850hPa風・相当温位予想図とか、そのあたりの天気図を見ていれば、空の具合はなんとなく想像はつく。
暑く湿った空気がぐるりと回って南西から、まるで回廊を通ってくるかのように北海道を狙い撃ちしているのだ。
分からずに山に来る人もいれば、分かっていても山に来てしまうぼくもいる。
分かって来てるんだから、登らないわけにはいかないじゃないか。
カッパと防寒着、約3000kcal分の行動食と水が3リットル。
水は多すぎると思ったけど、万が一晴れた時のことを考えると、この気温ならこれぐらいは必要になるかもしれない。
結局それは、1/3しか仕事をしないことになるのだけれど。

前天狗の中ほどまで登ってくると、いよいよ雲のまっただ中へ。
霧に濡れたハイマツや笹が登山道に覆い被さり、上も下もすぐにぐしょ濡れになってしまう。
ふつうならカッパを着るところだけど、暑いのでちょうど良い。
ほかの登山者も考えてることは同じみたいで、だれもカッパを着ようとはしない。
傾斜が少し落ち着いてくると、たぶん前天狗の山頂は近い。
もう何も見えない。
突然現れるトイレブース。
もしも空が晴れてるなら、ここからニペソツ山の鋭く猛々しい山容が見えるだろうに。
ぼくは普段山に登るとき、ザックをおろして休憩を取ることはほとんどしない。
ザックをおろすときはザックの中身に用があるときだけだ。
でもこのときは違った。
ちょっと待ってくれ。
考える時間をくれないか。
ここから先に進むのか、引き返すのか。

なぜなら、ここから下る道に一歩足を踏み入れた瞬間に、今までとは比べものにならない烈風を全身で浴びて、足が前に出なかったのだ。
高層天気図に見えた西風の奔流がそこに流れていた。
緩急や強弱なんてない。
その風は、休むことなく全力で吹き続けている。
後続の登山者がやってきた。
「うわっ、今日は無理だぞ・・・」
思わずこぼれた彼の言葉に、腹は決まった。
ぼくは天の邪鬼なのだ。
不安になるくらい下って、そして長く急な登りが始まった。
道はだんだん険しくなり、左側が深く鋭くえぐれている場所が続く。

風の音に混じってナキウサギの声。
でも出てくるのはシマリスばかり。
雲はさらに黒ずんで、ガスはいっそう分厚くなる。
もうどこを歩いてるのか全然分からない。
一歩いっぽ、登っていくだけだ。
やがて斜度がなくなり、道は鋭角に左ターン。
風向きが変わる。
地形図を見る。
頂上は近い。
降りてくる人とすれ違う。
「あと5分だよ」
「ありがとう」
頭上から聞こえる話し声。
3人、いや4人ほどかな。
姿は見えなくても、まもなく山頂だ。
ぐるりと回っててっぺんへ。

「やはりなにも見えませんね」
「ずっと見えませんでしたよ」
「なんの修行でしょうかね」
「いやはや、まいりました」
みんな残念がってる口ぶりだけど、顔を見れば晴れ晴れとした表情。
それぞれは単独行でも、同じ山を同じ時間に、抜きつ抜かれつともに歩いた仲間だというささやかな連帯感が、山頂を暖めている。
「私は下りは遅いので先におりますよ」
「まだ折り返し地点ですから」
「ではお達者で」
「またどこかの山で」
それぞれ単独行者に戻って、ばらばらに山を下りていく。

天狗岳まで下りてきて、道に迷う。
いくつかの小さなピーク、小さな尾根、その間を埋め尽くすゴロゴロの岩塊。
そこを縫うようにコースはある、はず。
家で地形図を見ているときから、ここは危険だなと思った場所で、思ったとおり迷う。
行きしなは、かろうじて次のピンクテープが見えたから進めたけど、帰りはもう次のテープなど全く見えない。
視界50m以下では地図もコンパスも意味をなさない。
迷ってることは自覚してるので、GPSを使わずにコースに復帰できるか自分の感を試してみたら、予想もしていないピークに立ってしまい狼狽する。
あきらめてUターン。
前天狗からテン場に下りていく途中で、何時間かぶりに雲の中から脱出した。
やはり下界は晴れていた。
雲底も朝より上がっている。
やっとまともな世界に帰ってきた気がする。

テントを片付けて、再び重たい荷を背負って歩き出す。
残っていた水のうち2リットルを捨ててもなお、重たいものは重たい。
下るにしたがってぐんぐん気温が上がる。
最後になって陽射しまで出てきた。

遠くに聞こえていた沢の音が、だんだんと大きくなってくる。
山旅が終わりつつある証しだな。
遠い昔に歩いた山に、同じようなところがあったっけ。
椹島へと下る大倉尾根の赤石岳。
谷幅が狭くなり、周りを山に囲まれて日陰になると、ゴールは近い。
最後の丸木橋を渡って、荷物を下ろし川に飛び込む。
ドロドロの登山靴も、ゲーターも、パンツも、顔も頭も、みんなじゃぶじゃぶ洗ってしまえ。

幌加温泉へ。
本当は4時で終わりなんだけど誰もいないからいいよ、という主人に驚いた。
まだ2時すぎぐらいだと思っていたのに。
それくらい暑かったし、それくらい強い陽射しだったのだ。
どうりで北海道の今年いちばん暑かった日なわけだ。

帰りの三国峠の途中からニペソツ山を見上げるけど、やっぱりなにも見えない。
今ここには青空しかないのに。
夏の思い出は雲の中。
いつかまた来ればいい。
登山日:8月上旬
ニペソツ山(十六ノ沢コース)GPSトラック
ニペソツ山(十六ノ沢コース)断面図
投稿者 hamayo : 19:00 | コメント (9) | トラックバック
2010年6月20日
山で一泊、上ホロから十勝岳(2日目)
午前3時。
青い朝。
あたりには沈黙がみなぎっていました。
薄明の始まった空の下で、山々はゆうべとまた違う表情をしています。
稜線を北へ歩いていくと、ちょうど上ホロカメットク山の頂に、今日の最初の日の光があたりはじめました。

美瑛岳方面に縦走する登山者たちを見送ったら、テントに戻って二度寝します。
なんせまだ4時すぎですから。
グゥグゥ。
8時半になって、ようやく十勝岳へ向けて出発。
荷物はあらかたテントに置いて、身軽な体で。

今日の十勝岳は、新得側からの風がとても強く、細尾根の通過ではなんども恐い思いをしました。

最後はやはり、スコリアの急な斜面を、風の音だけを聞きながら登り切りました。
先週来たばっかりなのに。

真冬にバスを待つ老人のように見えるのは、たぶん強風のせいです。たぶん。
とにかく風が強いので、一目散に下山。
振り返ると、今日も十勝岳は黒々としていました。

途中に見える、大砲岩にはX印。

20年前の秋、初雪が降る中ここからOP尾根を下り、三段山経由で下山したことがあります。
当時は立ち入り禁止じゃなかったように思うけど、岩場でさんざんな目にあったことだけははっきりと覚えています。
いわゆるバリエーションルートですが、もし機会があるなら、いつかまた、今度はこの尾根を登ってみたいな。
正午前にテントに戻り、昼ご飯に残しておいた富良野マルシェ・サボールのバカでかいパンを頬張ったら、一夜の宿を片付けて帰り支度。
名残惜しいよ。
巻き道は通らず、カミホロカメットク山の山頂へダイレクトに。

遠目にはひどく荒々しく見えるこの山ですが、花のシーズンの先陣を切って、初夏の岩礫地をいろどる3姉妹が咲いていました。
次はいつ来られるかなー。
階段地獄は、もちろんグリセードで。
ピッケルなしのグリセードはスクワットそのもので、太腿がパンパン。

化物岩を回りこんで、急なトラバースを越えてしまえば、もう難所はありません。
30度の気温と雪の照り返しに目がくらむ中、帰り道とぼとぼ。
やがて凌雲閣が見えてきて、今回の山旅は無事終わりました。
山開きの前にしか見られない風景、見ることができたんだろうか。
目に見える物事だけでは説明が付かない何かって、なんだったんだろう。
少しだけ分かったことがあって、それは、夏至ってやつが大きく関わっているんじゃないのかな、ってことです。
夏至のころ、黄経90度を境として、太陽に現れる変化。
これから衰えていく光の中で見る風景と、成長を続ける光の中で見る風景が、一緒のわけがないじゃないか、なんてね。
たぶん答えは、何年も何十年も、繰りかえし山を歩き続けていれば、そのずっと後に分かるのかも。
山の楽しみは尽きません。
おしまい。
投稿者 hamayo : 07:28 | コメント (4) | トラックバック
2010年6月18日
山で一泊、上ホロから十勝岳(1日目)
山開きを向かえた後では、もう見ることができない風景というものが、たしかにあると思うのです。
残雪が豊富だとか、この時期にだけ花を咲かす高山植物などといった、目に見えるものごともそのひとつだけど、それだけでは説明が付かない何かが、特別な風景を見せてくれるんじゃないかと思うのです。
たとえばそれは、まだ人にかき回されていない、みずみずしい山の空気かもしれません。
たとえばそれは、山々が長い眠りから目ざめる直前の、無呼吸的な静寂かもしれません。
そこで見られるものは、きわめて局所的で、限定的な風景といえるでしょう。
それを確かめるために、またしてもこの界隈にやってきてしまいました。
温泉の人曰く、「雪がありすぎて山開きに間に合うかな。」
ならば行くしかあるまい。
たぶん今年は、これが最後のチャンスです。
駐車場を出て、コンクリートの敷かれた硬い坂道を歩いていくと、数分も立たぬうちに道は雪に埋もれてしまいました。
ほんの数メートルほどは、いろいろな大きさのいろいろな形をした足あとがいくつも交錯していましたが、じきにそれらは来た方向へと戻り、一本の確かな歩幅の踏み跡だけが先へと続いていました。
山に登るつもりのない一般の観光客は、ここで引き返すことになるでしょう。
この1つめの関を越えて奥へ進むと、岩と雪の力強い峰々が出迎えてくれます。

雪を跨いで対岸の斜面へと渡り、しばらくは土の地面とハイマツの香り。
楽できると思ったのもつかの間、あらわれた雪の斜面は、イヤらしい硬さとイヤらしい斜度。

硬い雪の斜面をトラバースすることに不安を感じる人は、ここより先へ進むことを諦めることになるでしょう。
化物岩の圧力を感じながら、雪と土を交互に踏んで岩を回りこみ、少し高度を下げると、雪に埋もれた夏道の分岐標識を見つけます。
分岐なのに、雪上の踏み跡はひとつの方向にしかなく、おそらくそれは富良野岳へ向かった登山者のもの。

地図読みに自信がない人は、ここで大事な決断をせまられることになるでしょう。
コンパスを切って、右に離れていく踏み跡に惑わされないように雪渓を登っていくと、前方の尾根にあの地獄階段が目視できました。
ここで小休止。
三峰山と富良野岳にかこまれて、あたりはすっかり山の中。

小さく気合いを入れて階段地獄に挑むも、半分くらいはまだ雪の下で、あっという間に、拍子抜けするくらい短時間で登り切って、D尾根に出てしまいました。
先週登った十勝岳とご対面。

ここまでくれば、左右から迫りくる岩の展望をほしいままに、迫力あるD尾根を一気に登り切って上富良野岳へ。
ここから小屋までルートは二つ。
上ホロカメットク山を越えるルートは、北側の下りに雪が着いてると危ないと思い、南東の峠を跨ぐ巻き道ルートを取るも、予想に反して100%雪に覆われていました。
しかも新得側の斜面に出ると、ところどころが氷化して、雪と氷の縞模様。
小屋は見えてるのに足が出ず。

足裏センサーの感度を最大にして、雪の柔らかい部分を選び、やっとの思いで避難小屋までたどり着くと、カミホロ山頂コースを進んだ二人組が先に着いていて、一等地にはすでにテントが張られていました。
16時。
しばしの休息。
17時30分。
2年前に消費期限の切れたSolleoneの夕食。
18時30分。
一日の最後を見届けるため、主稜線を北に。
18時45分。
OP尾根の手前、小ピークから西に延びる支尾根へ。
そして19時。
太陽は目に見える速さで地平線に近づいていきます。
空が、岩が、雪が、みるみる色を変えていきます。
夕暮れ時の、ほんのわずかな間だけあらわれる、魔法のような時間のはじまりです。
・夕暮れの十勝連峰のパノラマ
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人はよく、カメラを持たないほうがしっかりと風景を覚えていられるというけれど、この圧倒的な風景や色を、目や心に焼き付けることなんてできるわけがありません。
そしてカメラだって、このうねるようなマゼンタのトーンを、あまさず写真に表現することは、できないのです。
この日、この時間、この場所にいられたこと。
それがすべてです。
明朝、北東の空が白み始めるまで6時間と少し。
北国の夏の夜は、とても短いのです。
投稿者 hamayo : 07:23 | コメント (4) | トラックバック
2010年6月16日
山で寝る
性懲りもなく、また山へ行ってしまいました。
夏道が、まだ雪の下に隠れている山には、いろいろなプロフェッショナルが歩いていました。
山開きの前の、大きな山は、とても新鮮で、刺激的です。
詳細は後日
投稿者 hamayo : 07:35 | コメント (0) | トラックバック
2010年6月10日
残雪の十勝岳でズルズル
快晴、無風、気温9度の望岳台。

一見、非の打ちどころのない登山日和に見えるこの写真には、今日の登山のカギを握るあるものが写っています。
富良野の町からも、すでに'そいつ'は見えていて、その時からずっと思っていました。
「天気が良すぎるのも考えものだな」
と。
多すぎる残雪や、アリ地獄のような砂礫に苦戦しつつも、ぼくは山に登り、ちゃんと帰って来ました。
ですが、きっちり'そいつ'にはヤラレたのです。
ちゃんと予見してたのにね。
始めは緩やかだったガレ斜面は、こっそりと勾配を強めてきます。
おや?少しきつくなってきたかな、と足が感じるころ、遠くぽつんと見えていた避難小屋がすぐ目の前の、ここは雲ノ平分岐。

ここらあたりまでは、礫地を歩こうが雪渓を歩こうが、お気に召すまま。
しかし小屋から上は、観念するほかありません。

まだ朝のうちは、雪が柔らかいのは表面だけで、キックステップもフラットフッティングも利きが悪く、ズルリとすべる靴底に悪態をつき、さっきまでは先行者の遅すぎるペースをいぶかしんでいた自分も、今は同じ静止画のような歩みです。
雪が切れたところから夏尾根にスイッチ。
真っ黒なスコリアの斜面を這い上がっていくと、生命感のまったくない、白と黒の光景に、しばし言葉を失います。

登りつめた先の安らかな平坦地は、スリバチ火口の西の端です。

デカすぎる山体、鋭い山頂、地平線に溶け込むような裾野、そして暴力的な爆裂火口をチラリと見せてくれるこの地点は、美瑛岳の美しさが最もきわだつ場所だと思います。
ふたたび雪から離れ、まっ平らな砂礫の原っぱを抜けます。
いよいよ本峰へ。
そそりたつ雪の斜面へ向かう先行者は、あたかも巨大な波に挑むサーファーのよう。

でもよく観察すれば、踏み跡は下りてくる人が付けたもの。
稜線に出た二人組みの苦戦ぶりを、ハラハラドキドキで見ていました。
ならばと探した緩い斜面も、頂稜直下ではかなりの傾斜。

見えない前爪で蹴りこむけれど、滑ったら止まらないだろうな。
帰りもかなり心配だし。
そして頂上。
オーバー2000mの、決して真夏には見ることができない、残雪の山々。
・十勝岳からの、残雪の山々のパノラマ
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昼ごはんは、ダイモスおにぎり。

天気予報では終日晴れだったけど、午後には小さな気圧の谷がペロリとなめていくのは分かってたから、ちょっとばかし寝ころんだら早めに下山します。
みんなが下りの踏み跡にダマされて、苦戦して登ってた雪のビッグウェーブへ。
面白いようにグリセードが走って、少しはテレマークを持ってこなかった穴埋めになったかな。
谷を下りきって、ぐるりとあたりを見回すと、まるで氷河トレッキング。

そうやってはしゃいでいると、忘れていた'あいつ'がやってきました。
目に見えないし、音も立てない。
唐突に、冷たいバターナイフを鼻の穴につっこまれ、グリグリされるような感触。
でもその瞬間に、何が起こったかは理解できました。
濃度の高い硫化水素を鼻から吸い込んで、粘膜が侵されたのです。
富良野から十勝岳を見上げた時、噴煙がほとんどまっすぐ上がっていくのが見えてました。
そしてちょうどグラウンド火口のあたり一帯だけが、煙っていたのです。
風が吹いてくれればいいな、と思いました。
なぜならこんな穏やかな日には、空気よりも比重の大きい硫化水素が、ちょっとした窪地に溜まりつづけ、濃度が高くなっている可能性があるからです。
幸いにして、ひどい障害を残すほどの濃度ではなかったようですが、この直後から、さらさらの鼻水が泉のごとく湧き出して、息をするよりも鼻を啜ってる時間の方が長いというありさまで、望岳台に降り着くまでのことは、あまり記憶にありません。
近くのスリバチ火口にはシュプールが残っていて、登りのときは羨ましい~って見てたけど、たとえ今は噴火口がなくても、ああいった窪地は危ないかもしれません。
投稿者 hamayo : 22:53 | コメント (12) | トラックバック
2010年6月 8日
夏山開幕?
バカモン!
なぜテレマークを持ってこなかったのか!
投稿者 hamayo : 06:39 | コメント (8) | トラックバック
2010年2月15日
きみはマンボ山を知っているか
山に登るのが商売ってわけでは全然ないのですが、数年に一度はどうしても山に上がらなきゃならないって時があります。
べつにぼくじゃなくてもいいんです。
ほかにも人間はいっぱいいます。
だけどもどーゆーわけか、頻度といいますか、アタリを引く確率は、まちがいなくぼくがダントツです。
これはつまり、このクジ引きがイカサマだってことですな。
ぼくがちょっと山登りをやってるからってことで
「え?、ポンポコ山ですか。はい、ウチには山に強いのが一人いますから」とかなんとか、駅伝部の監督みたいなことを言って安請け合いしてるヤーツがいるに決まってるんです。
てなわけで元旦にひきつづき、2月にして早くも二度目の、お仕事登山です。
で、今回の山は・・・
マンボ山ってどこですか?
その山は、積丹半島にありました。
お客様はまたしても警察の方でして、シークレットな部分が多く、守秘義務などがあるので詳しい場所はかけませんが、マンボ山というのは通称名などではなくちゃんとした地名でした。
積丹といっても、積丹岳とか余別岳とかポンネアンチシ山といった重鎮たちとはまるでべつの場所にあり、高さも奥深さも比べようがないほど小さな山です。
尾根に出るまではけっこう急でも、上がってしまえばわりと平坦で見晴らしも良く、海方面も山方面も、晴れていれば爽快な展望が開けることでしょう。
晴れていれば・・・。
それだけ見晴らしがいいってことは風の強さもハンパなく、さえぎるものがないハダカ尾根はほとんど雪が飛ばされており、どこもかしこもアイスバーン。
風の呼吸を読み違えて、突風が吹くタイミングの時に氷の上にいると、いとも容易に体をひっくり返されます。
耐風姿勢を取ろうにも、手に持ってるのはただのストック。
ピッケルがあったらなぁ、なんてことを遊びの山じゃなく仕事中に考えることになろうとは、思ってもみませんでした。
お客様の建物は分厚いコンクリートでできた頑丈なもので、外の暴風がうそのように静かではありましたが、暖房設備のたぐいはまったくなく、風が吹かないだけで気温はかろうじてプラスという過酷な場所でした。
仕事を終え帰るころには、空は黒く日も暮れかけて。
いっそう強く吹く風に、飛雪が白く尾を引きます。
Hall of the Mountain King. あるいは暗黒竜宮城。

遊びのときなら、天気が悪けりゃ逃げ帰ってくるし、出かけるのをやめることもできるけど、仕事じゃそうも行きません。
だんだんと悪天にマヒしていく自分が、最近すこし怖いです・・・。
投稿者 hamayo : 23:25 | コメント (6) | トラックバック
2010年1月 2日
HNY!
十年以上ぶりかに、元旦を山の頂上で迎えることができました。
吹き荒れる季節風、降り止まぬ大雪、みるみる埋まってゆく足あと・・・。
テレビもラジオも、口をそろえて荒れの年末年始って言ってるのに、よくもまぁ山にきたものです。
一瞬だけ顔をのぞかせた太陽。
ぼくは山になんて、これっぽっちも来たくなんてなかったんですけどね。
えぇ、そりゃーもう、コタツにもぐり込んで、若手のお笑いとか駅伝とかそんなのをダラダラと見て、ダメ人間になる予定だったんですよ。
はい。
来たくて来たんじゃないんです。
登りたくて登ったんじゃありません。
仕事です。
しかも、前日の12月31日の夕方に「あした、山な」なんて電話がかかってきた日にゃ、大晦日も元旦もただの 365分の1日にしか感じられませんです。
住宅街を爆走するモンスターマシーン(ダイナミックループ付き)。

NTTのひと3人、警察のひと2人、それとNTTデータのひとから鍵だけ預かった、ぼく、の6人が乗り込みます。
当初は歩いて登るつもりだったのです。
警察の人はスキーを持ってきてたし、ぼくもスノーシューを持ってきてました。
でもこんな怪物マシーンの運転手に「乗ってく?」なんて言われたら、断る理由はありませんな。
一年の最初の日から山に登ることになった 2010年。
さい先のよいスタートと言うべきか、トホホな始まりと言うべきか・・・。
投稿者 hamayo : 23:50 | コメント (4) | トラックバック
2009年11月 5日
ニセコの山に、大きな輪っかを描きました
そこかしこで路面が凍結したパノラマラインの駐車場には、すでに数台の車が止まっていました。
行き先は、山なのか、沼なのか。
車の窓をすこし開けるだけで、切れ味するどい寒風が吹きこんできます。
今日の山登りは中止にして、五色温泉にでも行かないか?、という心の声。
車からおりるのもためらわれるほどの寒さ、その声はあまりにも甘美に聞こえます。
単独行ですから、行くのも帰るのも自由だけど、秋が終わる最後のいちにちを山ですごせる幸運を、手放すわけにはいきません。
「よし」と気合いをいれて、冬の前の最後の山旅へ。
よし!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓
木道にはびっしりと霜が降りていて、すこしでも傾斜があるところは、つるりと滑ってもうたいへん。
木道に付いた先行者の足あとは、神仙沼の分岐で右へと向かいました。
どうやらこの寒い日に、ぼくの少し先を歩く人がいるようです。
じきに木道も終わり、その名のとおり南北に長い長沼は、水が涸れて'いびつ'な形になっていました。
日の出の時刻はとうにすぎていますが、山かげの沼にはいまだ光もとどかず、寒々しい空を映すのみです。
太陽が上がるのを、じっと待っているかのようです。
立っているだけで体温が奪われそうになる風景をあとに、湯本温泉へぬける峠越えの道にのって、チセヌプリ山頂をめざします。
笹の回廊は見通しわるく、泉のように湧きだす水がヤチを作り、道ゆく人の足を掴まえようと待ちかまえています。
泥の斜面に残された、すべった靴あと、もぐった足あと。
先行者の苦労に思いをかさねます。
身体じゅうから湯気をたぎらせ、チセヌプリの急勾配、ふりむけば、山上の交差点を、朝の陽射しがかけぬけていきます。
息が上がり、立ちどまって、じっと見つめる足もとに、みどり色の小宇宙。
気がつくと立っていた、雲の底すれすれのチセヌプリ山頂は、氷漬けにされそうな寒さ。
早々とケルンをあとに、少しばかりのヤブを漕いで東へくだると、次のニトヌプリが見えてきます。
しかしここからの下りには、思いもよらない苦難が待ちかまえていました。
歩いて乗り降りするのが困難な、1メートルくらいのまるい大岩が、急斜面を埋めつくし、そのつるりとした岩の表面は、苔むしているせいでさらにフリクションが低く、ばったばったとひっくり返されます。
短いながらも、かなりの悪路です。
それに比べればニトヌプリへの登りは快適ですが、あいかわらず水たまりや泥場はつづきます。
泥の中についた先行者の足あとには、まだ少ししか水は滲みだしていませんでした。
ここを通過してから、そんなには経っていないようです。
路程的には 1/3、気持ち的には折り返し地点、ニトヌプリ山頂。
ようやく顔を出した太陽は、となりの山をあたためています。
こちらの山頂をたたく西風には、冬の匂いがまじっていました。
ニトヌプリの下り、足あとだけの存在だった先行者の影を、見つけました。
べつに追い掛けていたわけではないけれど、足あとの持ち主がいることがわかって、なんとなくほっとした気持ちです。
この距離ならば、もう追いつくことはないでしょう。
五色温泉の誘惑を振りはらって、大沼へ。
ここからは五色温泉からのハイカーが増えてきます。
姿は見えなくても、人が通った気配や残像のようなものが、この道には残されています。
イワオヌプリと小イワオヌプリの鞍部。
ようやく見つけた風の吹かない場所で、おそい昼食を摂ります。
野垂れ死にスタイルで休むすがたに、行きかうガイジンさんも興味津々。
「イワノォ・ウエニィ・パンガ・アルゥ」
ここまで歩いた暖かさの貯金は、ながい休息ですっかり底をついてしまいました。
おもい腰を上げ、からだをほぐし、峠をおりるころにはすっかり日も傾き。
晩秋の山に、昼はありません。
朝の次は、夕方なのです。
大沼につくころには、ふたたび冷たい風が吹きはじめます。
木道があらわれると山旅もおわり。
もうじき消える秋を、できるだけ長く見ていたいから、すこしくらい寒くても、ゆっくりかみしめるように歩きます。
まぶしい西日を手でさえぎって、今日歩いてきた稜線を、目でたどります。
寒い朝、冷たい風、遠くの日だまり。
苦しかった登りも、きつかった下りも、いまは心の奥をじんわりと暖めてくれます。
やがて日暮れの神仙沼を、薄着の観光客に混じってくぐりぬけ、最後の木道を、光のほうへ。
ニセコの山に描いた、大きな輪っかを閉じました。
まもなくパノラマラインも冬の通行止め(2009年10月30日、通行止めになりました)。
ニセコの山の、土の上を歩けるのは、半年以上さきのこと。
しばらくは、山のみんなもひと眠りです。
そしてもうすぐ、白い季節がやってきます。
スイッチをパチンと切り替えれば、こころはもう雪の野山へ。
それまで少しのあいだ、休息をとることにしましょう。
登山日:10月末
ニセコ・サーキット(神仙沼~チセ~ニト~大沼)GPSトラック
ニセコ・サーキット(神仙沼~チセ~ニト~大沼)断面図
投稿者 hamayo : 23:22 | コメント (12) | トラックバック
2009年10月29日
ツール・ド・裏山
風は冷たいけど、めずらしく湿度のひくい朝。
尾根の向こうの山の、ここから見えない秋が、ぼくをそわそわさせます。
トドマツにからみつく、山葡萄のまっ赤な葉が、かさかさ音を立ててゆれている朝。
その音は、まるでぼくを呼びにきた、山の声のようです。
地図にない道、地図にしかない道、いくつも走るこの裏山を、山の声にみちびかれて、ふらふらと歩いてきました。
裏山だって、宝の山です。
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奥沢水源地から勝納川に沿ってさかのぼり、源流部の穴滝から遠藤山へあがる古い登山道を使って縦走路へ出て、天狗平ちかくからふたたび勝納川へおりてくる、というのがおおまかな予定です。
でも、川沿いの道と縦走路いがいは、通れるのか通れないのか、それ以前に、あるのかないのかもわかりません。
そんな不確定要素もおりまぜつつ、いざ裏山へ。
絵に描いたような、里の山の、秋の風景。
うつくしい水辺には、たくさんの動物が、足あとを残していました。
帰りに使う、縦走路から降りてくる道との合流は、どこにも見当たりませんでした。
たんに見落としただけかもしれないし、ほんとうに無いのかもしれません。
小樽峠へ向かう道から離れると、うす気味悪い沼地へと下っていきます。
切り立った山肌にはさまれた谷はせまく、水は縦横にながれを作り、あちこちにあふれています。
どこに足を置いても、ぶずぶずとのみこまれ、引き抜いた足には、腐葉土と泥がこね合わされた物体が、塊になってくっついてきます。
けっして新しい靴を履いて訪れてはいけない場所です。
泥と格闘しつつ遡行していくと、道のさきに不気味な穴が現れました。
穴というよりは、巨大な生物の眼。
ヒトとしての本能は、近寄っちゃいけないとシグナルを送っています。
人間としての好奇心が、そこからじゃなにも見えないよと背中を押します。
意を決して、暗がりの中にはいってみると、そこは思いのほかこころ落ちつく場所でした。
充満する暗闇の中に、ささやかな滝とほそい水流が光り、中と外とをへだてています。
ここから見る外の風景は、近い過去のできごとのように映ります。
穴のそとでは、時間が停止しているんじゃないか?
外の世界がどんどん遠ざかっていくような感覚におそわれて、なんだか怖くなって穴からとびだしました。
入り口の上には、オーバーハングした柱状節理が見られます。
穴の内壁は、もろく崩れやすい岩でできています。
もろい岩の上に硬く重たい岩がのしかかり、水流がもろい部分を浸食していくことで、この穴は成長しているようです。
穴滝をあとにして、遠藤山へ。
地形図をひとめ見て分かるほどの急峻な斜面に、うすく付けられた踏み跡をたどって高度を上げます。
やがて傾斜がゆるくなってくると、あらかた葉が落ちて風とおしがよくなった、爽快な雑木林のなかを歩きます。
紅葉の「紅」にいくつも色があるように、黄葉の「黄」も一色ではないことがよくわかります。
色あせた足もとには、紅一点のマイヅルソウ。
小樽と余市の境界尾根まで上がれば、木の間越しに街を見おろして、遠藤山に到着。
ごうごうと風が吹きぬける縦走路を、東へ向かいます。
於古発山、於古発分岐と軽快に走り、見晴らしのいい大曲で遅い昼食です。
コーヒーから立ちのぼる湯気の多さに、季節のうつろいを感じます。
おなかを満たしたら、ここからそう遠くない地点にあるはずの、勝納川へくだる道の分岐へ。
そこを通れないとなると、ちょっと困ったことになるので、真剣に探します。
目を皿のようにして。
ですが、eTrexを頼りに見つけた踏み跡は、すこし歩いた先で地面の中にとけて消えていました。
登りならともかく、下りでここに飛び込むのはリスクが大きすぎます。
しかたなくここをあきらめて、天狗山の登山口まで縦走路を歩くことにします。
どうやってスタート地点まで戻るか?、という問題は歩きながら考えましょう。
天狗平の縦走路は、落ち葉で埋めつくされていました。
そして小樽を見おろす天狗山へ。
長かった裏山ハイクにも、終わりが近づいてきました。
天狗山スキー場の急斜面は、最後の試練。
ここを下りれば、いちおうはゴール。
さてこれからどうするか。
バスを乗り継ぎ戻るために時刻表を見ていると、そこに空車のタクシーが。
あまりの幸運に、「渡りに船だ」と思わずひとりごちて。
こだま交通さんの、まだタクシーに乗って数日で、小樽の道も知らないというニュービーに拾われ、天神浄水場へ。
「車を置いてるところまで乗せますよ。」
「いやいや新人さん、ここからは悪路だから、タクシー汚れて怒られるよ。」
親切をことわった、ほんとうの理由は、まだもう少し歩きたかったから。
日が落ちて、黒くなった森に、たなびく息は白く、羊のように、あとをついて来ます。
風はもう、葉をゆらさなくても、耳のおくに残る、余韻をたのしんで。
遠い川音が、それをかき消すころ、旅はおしまい。
ふぅ。長かった。
長かったけど、楽しめました、とても。
山のうえに吹く風は、すこし先の季節を教えてくれます。
これを書いている今、家のまわりの森は、この日の山と、おなじ光です。
ということは、そろそろ山は、冬支度を始めたころかな。
小樽は、海ばかりじゃないですよ。
登山日:10月下旬
天神浄水場~穴滝~遠藤山~於古発山~天狗山GPSトラック
天神浄水場~穴滝~遠藤山~於古発山~天狗山断面図
投稿者 hamayo : 22:42 | コメント (14) | トラックバック
2009年10月20日
有珠山にも登山道がありました
とある山に向かう途中、ふと目にはいった「有珠山登山口」の看板にひきよせられて、Uターン。
はて?有珠山に登山道なんてあるのだろうかと訝りながらもやって来たら、意外にも立派な看板が立っていました。
どうやらジオパークなんてものに指定されてしまったことで、フットパスを整備してるようであります。
ここの地図は持ってきてないし、GPSレシーバにも地図を入れてない。
この山のことはなにひとつ知らないけれど、これもなにかの縁ということで予定変更、有珠山に登ってまいりました。
森の入り口、ヤマグリの林。
道南の山に来ていることがつよく実感できます。

ザーっと雨が降ったかとおもえばまた晴れて、晴れたと思えばまた降って、きょうはずっとそんな空模様。
枝先からしずくがたれる針葉樹とちがって、落ちてきた雨をあつめて幹に流す広葉樹の森は、こんな天気の日に歩くのにぴったりです。
体にあたる雨粒で、林冠にあいた空の面積を推し測りながら雑木林を歩いていると、しずくといっしょに落ちてくるカシワの芳香に、思い出されるのは五月五日のこどもの日。
カシワといえば鶏肉のことしか考えられなかった少年が、その餅をくるんでいる葉っぱがカシワだと知ったのは、大人になってからさらにずっと後のことです。
地図がないので、いまどこにいるのか、この急坂はどこまでつづくのか、皆目わかりません。
谷に沿ってのびる道を、おおげさなほどのスイッチバックを何度か切ってのぼっていき、森をぬけたところには、見晴らしのよい草原がひろがっていました。
遠くに去った雨雲が、いま雨を降らせているのは、静狩峠のあたりでしょうか。

外輪山にあがれば、とつぜんに整備のいきとどいたトレイルがあらわれました。
これがうわさのフットパスなんでしょうか。

ところが道は、このさきで行き止まり。
やはり有珠本峰への登山は出来ないようで、この登山道は外輪山へのぼるためのものだったのです。
ですが、ここから見る有珠山の荒々しさといったら、とても700mぽっちの山とは思えません。
巨大な湖のようにも見える噴火湾と、そこに寄りそうかずかずの小さな港。
山の風景も、海の風景も、文句のつけようがない大パノラマです。
・有珠の南外輪山からの、山と海のパノラマ
QuicktimeVR版 (高画質)はこちらをクリック(1144KB)
Flash版 (中画質)はこちらをクリック(1333KB)
さっきまで見えていた羊蹄山には、早くもつぎの雲がかかり、みるみるこちらにせまってきます。
有珠善光寺の奥の院にお参りしたら、雨が落ちてくるまえに山をおります。
道ばたに立っていたオオウバユリで、子供のころやったみたいに遊んでみました。

麓におりてくるころには、雲は去ってまぶしい木もれ日。
外輪山にいたアイツのかっこをマネしてセルフ。

町を見下ろせる低山に登るといつも思うのは、山が町を見ているのと同じように、町の人たちもこの山を見つめながら毎日をすごしてるんだろうな、ということ。
仕事の合間に見上げた山にこころなごませる人は、この山をどう思っているのだろう。
たびたび噴火しやがってと憎々しく思っている人は、この山になにを感じるだろうか。
そこに見上げる山があって、なおかつ相思相愛なら、それはそれはすばらしい人生でしょう。
ぼくもいつかそういう場所を見つけることができたらいいなと思いながら、有珠の港に立ち寄って、山にあいさつをして帰りました。
登山日:10月中旬
有珠山(南外輪山)GPSトラック
有珠山(南外輪山)断面図
投稿者 hamayo : 21:48 | コメント (12) | トラックバック
2009年10月 8日
会津の巨峰、磐梯山
富士山の大きさを実感したいのなら、東海道新幹線に乗るのがいちばんです。
夜道を歩けば月がついてくるのと同じように、富士山は時速300kmで走る新幹線にぴったりとついてきます。
空の雲が後ろへ飛んでいく中で、富士山は新幹線についてくるのです。
それと比べたら、さすがにスケールダウンを感じるけれど、磐梯山という山の大きさをぼくはかつて、夜の磐越自動車道で知りました。
高速道路を走る車、窓の外をどこまでもついてくる黒い巨体。
おなじ独立峰の羊蹄山と高さはかわらないのに、この重量感と圧迫感はどこからくるのだろうかと。
ずっと遠くにいて憧れだった磐梯山。
ちょっとした機会に恵まれて、用事のついでに登ってまいりました。
八方台から歩きはじめると、最初のポイントとなる「中ノ湯」までは、若いブナにおおわれたきもちのよい森を進みます。
かつてはこの奥に温泉宿があったためか、勾配のゆるい歩きよい道です。

残念ながら廃業してしまいましたが、歩いてしかいけない山奥で温泉宿の営業ができるというのは、北海道との大きなちがいです。
本沢温泉、赤岳鉱泉、夏沢鉱泉、仙人温泉、三斗小屋温泉・・・
歩いてしか行けない温泉宿は、山旅をより楽しくさせてくれるだけでなく、「登山+温泉」という日本の登山文化を象徴する存在です。
裏磐梯からのコースと合流したら、がぜん本気の急登でぐいぐい登っていきます。
落ちたら最後のがけっぷちや鎖場など、変化のある楽しいトレイルです。
くずれた斜面の途中からは、表磐梯のやわらかな風貌とは正反対の、するどく切り立った岩峰が目をたのしませてくれます。

やがてあたりは霧につつまれるけど、山肌の燃えるような色づきに元気づけられて、峠をめざします。

傾斜がゆるくなり、峠でほかのコースと合流したら、おおぜいの登山者でにぎわう弘法清水小屋。
ここは四合目です。

帰りがけ、一杯300円のきのこ汁を所望すると、具がほとんどなくなってしまったということで、タダにしていただきました。
けっこう急な、小屋からの最後の登りをこなすと、ガレガレの山頂に到着。

山頂からは、荒々しく削られた櫛ヶ峰や火口壁、今年6月に発生した大規模な土石流、数えきれないほどの湖沼群など、山の強さと美しさをリアルに感じられる眺望がひろがります。
そうそう、磐梯山の大きさの秘密。
それはたぶん、山頂が五合目だということです。
何度もの大噴火や山体崩壊の結果、山の上半分が失われてしまったのが、いまの磐梯山の姿なのだそうです。
だからいまの山頂は、もとの五合目であって、そこからかつての山の高さを想像すれば、重力すら感じるほどの山体や広大な裾野も、なるほど合点がいくわけです。
さて、帰りは「お花畑コース」を通って下りていきます。
もちろん花なんて咲いていませんが、独立峰とは思えない雄大な山岳美になんども足をとめて、なごり惜しい帰り道。

この大きくて美しい山から、もう去らなきゃいけないのか。
残念な思いはきっぱりと背中からおろせば、ふしぎと足どりも軽くなります。
山から元気を分けてもらうって、こういうことなんだなぁ。
「今日もいい山歩きができました」。
こころのなかで山に頭を下げて、磐梯山をあとにしました。
ひとつの山に、6つも登山口がある山だけあって、おおぜいの人が行きかう登山道には活気がありました。
とりわけ驚いたのは、ファッション雑誌の山特集から抜け出てきたような、山ガール・山ボーイたちがあちこちにいたことです。
観光がてらにちょっとそこまで、といった雰囲気の人たちとは一線を画す、完全山装備+αのオシャレさんたちがしなやかに登山道を駈けていく風景は、北海道じゃ見られないものですね。
こうして若い人たちがしっかり山に登ってる姿を見ると、山登りの文化がちゃんと受け継がれていく安心感と同時に、登山に対するまったく新しいパラダイムが生まれそうな予感にワクワクします。
年を取った証拠かな。
登山日:9月下旬
磐梯山(八方台コース)GPSトラック
磐梯山(八方台コース)断面図
投稿者 hamayo : 23:11 | コメント (15) | トラックバック
2009年9月27日
赤い夜明け:ニセコアンヌプリ ナイトハイク
雨上がり。快晴予報。850hPaでの暖気流入。
高湿度。放射冷却。逆転層。
これだけの好条件がオフの日に予測されるなんて、そうめったにあることじゃありません。
雲海を見るために。
それも夕方ではなく、朝の雲海を見るために、ナイトハイクでニセコアンヌプリに行ってまいりました。
ナイトハイクって、写真が撮れないのね、当然だけど。
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登山道に入って数分、五色温泉の明かりが見えなくなると、もうすっかり闇の中です。
腰につけたハンドライトと、ヘッドライトを両方点灯すると、半径5mだけは昼間のように明るくなります。
だけどもこれじゃ、せっかくのナイトハイクが興醒めなので、ヘッドライトを消し、ハンドライトはいちばん暗くして登り始めました。
頭上を覆っている木から、音もたてずに葉っぱが落ちてきます。
ライトが照らすせまい視界に突然侵入されると、それがただの葉っぱなのに、ドキリとしてしまいます。
ずっと後をつけてくるのはいったいなにものか。
目からの情報があまりにも少ないと、明るいときには気付かないような小さな物音にも、からだは敏感に反応します。
昼間なら「気配」としてしか捉えられないものが、この暗闇でははっきり動物の「足音」と認識できるのです。
正体は子供のキツネたち。
暗がりの奥でまん丸の目がキラリと光ります。
ぼくがわき道にそれると、彼らもこちらにやってきました。
アンヌプリの登山よりも、ぼくに興味があるようです。
見返り坂との合流点をすぎれば、もう高い木はありません。
見上げると、昼間に雨を降らせた雲の層が、すごいスピードで東へ流れていきます。
ゆっくりと空がひらいて、星が見えてきました。
ほんとうに幕が開かれるようにして、星空が見えてきました。
歩くのをやめライトを消すと、あたりは一瞬にして闇につつまれます。
少したって暗さに目が慣れてくると、昼間とはまったく違う山の風景が浮かびあがってきました。
真っ黒に塗りつぶされた山のシルエットのその上には、途方もない数の星。
圧倒的な物量の点光源が、暗闇を射抜いて地上を照らし、まるで宇宙に向かって登っていくような、不思議な感覚にとらわれます。
星明りのトレイルを登りつめて飛びだしたその山頂は、宇宙と地上との接点のような場所でした。
見あげた半球を埋めつくす星々にかわって、足もとには街の明かりや海を行く船の灯かりがまたたいています。
プレアデスとヒアデスの星団を追いかけるようにして、オリオンが羊蹄をひとまたぎ。

時刻は深夜0:30。
明朝の雲海を期待して眠りにつきました。
3:50。気温1度。
テントから出ると、ゆうべの星空はなくなっていました。
山頂一帯は重たい霧にねっとりと覆われていて、ほかに見えるものはありません。
うっすらと青みがかった霧が、朝が近いことを教えてくれるだけです。
とつぜんに、空気がおおきく動き始めました。
はたはたと、柔らかにテントをゆすっていた西風が、ゆっくりとちからづよく、山ぜんたいを押しています。
風が速くなり、霧が泳ぎだすと、そのすきまに走った光は、三日月と金星でした。
なんだ、そんなところにいたのかと、おもわず声が出ます。
ぼくが目を覚ますのを待っていたかのように、きれいさっぱり霧はとりはらわれて、Red Dawn のはじまりはじまり。
三日月と金星、雲海と羊蹄山、晴れわたった真っ赤な夜明け。
この日、この場所で、この時間にしか出会えない風景は、呼吸が止まってしまうほどの神々しさをたたえていました。
雲海のうえに顔をだした太陽が、地上のすみずみにまで光をとどけます。

冷たくなっていた石ころや岩が解きほぐされていき、世界が動きはじめる音がします。

テントに戻って二度寝を楽しみ、HEX3についた夜露がすっかり乾いたら、もう思い残すことはありません。

昨夜は闇のなか登ってきたトレイルを、まぶしすぎる陽射しに照らされて下山します。

ぽつぽつと何かが落ちてくるので見上げたら、よくばりっ子のシマリスが、ほおぶくろをいっぱいにして木の実を食べていました。

登山口に下りるころには青空は消え、雲海をつくっていた層雲は乱層雲へと変化し、ニセコの山々に絡みついていました。
まもなく雨が落ちてくるでしょう。
ついさっきこの目で見た絶景は、計算で得られるようなものじゃなく、天佑だったんだなという思いを強くして、家路につきました。
登山日:9月下旬
ニセコアンヌプリ(五色温泉コース)GPSトラック
ニセコアンヌプリ(五色温泉コース)断面図
投稿者 hamayo : 23:34 | コメント (14) | トラックバック
2009年9月 6日
オンネトーの青
いつか北海道を離れることがあったとして、北海道の中でもういちど訪ねたい場所を 1ヶ所だけ挙げてくださいといわれたら、真っ先にここを選びます。
訪れるたびに表情を変える湖面は、オンネトーのもっとも代表的な景観ですが、それはこの湖が持つ魅力の、ほんのひとつ。

それは文字どおり、湖のいちばん表面で起きている、ささやかな神秘です。
「本当の神秘は、目に見えるもののその奥にあるのです。」 湖底木はそう話します。

オンネトーとその森は、ここに住む多くのいきものたちと関わりあうのと同じようにして、旅の人間にも接してくれます。
いきものたちもまた同様に、森や湖とかかわるのと変わらずに接してくれます。

この森の王として、空をささえる巨木。
その身に刻んだ凍裂痕をとおして冬の厳しさを語るアカエゾマツも、ぼくを特別扱いすることはありません。

死者をつつむ衣のような、倒木をくるむ苔のやわらかさに、足をとめて、声をききます。

そんなみんなの優しさに、ぼくはいつもヤラれてしまうのです。
オンネトーに行くときは、必ず野営します。
湖からいちばん近い場所で、手を伸ばせば届くくらい近くで、湖と一緒に夜をすごし、そして朝を迎えます。

テントから見える夕景は、オンネトーが届けてくれた、最高のギフトです。

オンネトーを見おろす阿寒の山々にも、おなじ贈り物が届けられたようです。

最後の朝、湖をめぐる小径を歩いていると、ルリイトトンボたちが翅を休めている入り江がありました。

近くまでいくと、トンボたちはつぎつぎに飛び始め、道のおくへ向かっていきます。
どこまでも、どこまでも、ぼくが歩く先へと飛んでいきます。
気がつくとトンボたちの姿は消えていて、そこには岬へ続く細いけものみちがありました。
その道を歩いていくと、オンネトーの、ほかのどこよりも青い湖面があらわれました。

ここが特別な場所であることは、すぐにわかりました。
空のしずくから起きた青でもなく、森のしたたりがやどる青でもなく。
この青は、この湖の青は、あのトンボの青とおなじ青なのだと。
この夏、湖の奥でトンボがおしえてくれた秘密は、ぼくの大切な記憶です。
投稿者 hamayo : 19:52 | コメント (15) | トラックバック
2009年9月 2日
雌阿寒岳の、乾ききった土と空気
というわけで、大雪を越え、日高も越えて、阿寒国立公園までやってきました。
目的地は雌阿寒岳です。
もとはといえば、十勝岳テン泊縦走計画だったものが潰えて、こんな東まで逃げることになったのです。
なーんか去年の8月も同じようなこと言って青森まで逃げて、終始カッパ着っぱなしの大雨登山になった記憶がありますが、今年はそんな目には遭いませんよ。
オンネトー野営場を朝6時に発ち、足寄峠を越えて阿寒湖畔までおりて、荒れたフレベツ林道をずんずん奥へ。
今回は、阿寒湖畔コースから登るのです。
阿寒の森の中心部、まっすぐに天を突くトドマツの群れの中を縫って、ゆるやかなトレイルが続いています。

風が吹いても葉擦れの音がしない針葉樹の森は、海の底のように静かで、調律したてのピアノみたいに厳格です。
トドマツの森が高さを失い、硫気孔がポコポコ開いた斜面を登っていくと、前方に荒々しい岩峰が見えてきます。

剣ヶ峰と、中マチネシリ火口の火口壁です。
あれを越えないと、雌阿寒岳は見えてきません。
じっと我慢の登りを続けます。
剣ヶ峰の肩に乗ると、ようやく雌阿寒岳と阿寒富士がお目見えです。

山頂はまだまだ遠いけど、ここから先は視界360度ワイド・オープンの展望尾根歩き。
ここを歩きたいがために、わざわざ不人気な阿寒湖畔コースを選んだのです。
その尾根の上からは、液体、固体、気体、すべての相で水分が失われてしまったかのような、乾ききった光景が広がっていました
・中マチネシリ火口原と雌阿寒岳のパノラマ
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月世界のようだとか、火星みたいだとか、砂漠のようだとか、荒涼とした風景を形容する言葉はいくつもあるけれど、そのどこにも行ったことがないぼくにとっては、どれもが的外れのように思えてきます。
強いて言えば、「死者の世界」という表現が近いかもしれません。
小ピークをいくつか越えて、いよいよ雌阿寒岳の本体と対峙します。

遠くから見るよりずっと堂々とした山体です。
山頂へ向けて、ザクザクの道をトラバース気味に登っていきます。
ロープが見えてくれば、あとはリムに沿って歩いていくと、山頂に到着です。

落ちたら最後。
まさに奈落の底を見るかのような、雌阿寒岳山頂からのパノラマをどうぞ。
・雌阿寒岳山頂からの、奈落をのぞきこむパノラマ
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ときおり風に乗って、喉が痛くなるほどの硫気がただよってきます。
地の底からは、うめき声のような噴気音が聞こえてきます。
正直言って、あまり長居したくなるような山頂ではありません。
しかも、これまで晴れたり曇ったりを繰り返しつつも何とか持っていた天気が、急速に悪化の兆しを見せ始めていました。
阿寒富士も、そして昼ごはんもあきらめて、早急に下山したほうが良さそうです。
山頂をあとにして20分後、あっという間に青空は黒雲に駆逐され、さらにおどろおどろしい景観に。

帰りはココで昼寝かなと考えてた、地平まで続く緑を遠望できるこの場所にも、まもなく雨が落ちてきます。

雌阿寒岳に別れをつげ剣ヶ峰を下りはじめると、完璧なタイミングで雨が降ってきました。
ハイマツ帯を抜けるまでは濡れるしかないものの、針葉樹林帯まで下りてくればカッパは不要です。
来るときは静かだった森が、少しだけ雨の音にざわめく中を、ゆっくりと深呼吸しながら下っていきました。
道内有数の濃密な針葉樹林帯から、荒涼とした火山地形の稜線へと短時間で駆け上がるこの山は、風景の変化ということにかけては
なかなかにドラマチックでした。
それともうひとつ、阿寒湖畔コースについていえば、とっても「軽やかな」トレイルでした。
簡単だとか、楽だとかといったものとは違う、軽やかなというのがぴったりです。
あくまで推測にすぎませんが、このルートはかつて硫黄採掘のために拓かれた古道なんじゃないかと思っています。
「尾根筋一直線」みたいな、登山のためだけに作られたトレイルとは、根本的に異質な道です。
自然の地形に逆らわず高度を上げていくトレイルは、人が歩くことに対して少しの無理も要求しません。
水が沢を流れ、風が山を渡るように軽やかに山を歩くことが出来るこういった道を、もっといっぱい歩きたいなと思いました。
登山日:8月下旬
雌阿寒岳(阿寒湖畔コース)GPSトラック
雌阿寒岳(阿寒湖畔コース)断面図
投稿者 hamayo : 21:15 | コメント (8) | トラックバック
2009年8月31日
Go East.
夏も佳境、相変わらず空はぐずつきがちで、あの山もこの山も、計画を立てるやいなや前線がかかり雲が湧いて。
天気図を見れば、まだ8月というのに早や晩秋のような佇まい。
もはや刀折れ矢尽きたかと思ったときに、天気図からの囁きが聞こえてきました。
「こんなプチ冬型な気圧配置なら、東、東だよ。」
登頂

なわけで、いざ東へ。
投稿者 hamayo : 20:55 | コメント (2) | トラックバック
2009年8月10日
岩内岳をバカにしててごめんなさい
スキー場のある山って、眺めがイイってことでは好きだけど、やっぱコースの中を歩くのって単調でつまらんよ。
わざわざ出掛けてって登るほどの山じゃないんでない。
岩内岳と、岩内岳ファンの方には悪いけど、岩内岳のイメージはまぁこんなもんでした。
でもね、登ったことのない山のことをトヤカク言うもんじゃないですね。
今じゃすっかり岩内岳の虜です。
正直すまんかった、という気持ちでいっぱいです。
ぜんぜん単調じゃなかったです。
むしろ変化に富んでるって言っていいほどです。
岩内岳のことを悪く言うヤツはただじゃおかないゾ、ってぐらいですよ。
見晴らしのいい、スキー場のコース跡。
まだこの辺りでは水平に見えている田園風景が、だんだんと見下ろすようになっていくのが楽しいのです。
かつての栄華を偲ばせる索道遺跡との遭遇もまた楽し。
この遺物をすぎると、これまで緩やかだったトレイルは一変、尾根筋一直線の樹林帯急登ルートになります。
7合目でいったん展望が開けたのも束の間、ふたたび視界をさえぎるアカマツ林の中、痩せ尾根の登りが続きます。
8合目をすぎ 950mの等高線を越えると、定規で線を引いたかのように森林限界となり、とつぜん大きな空に出迎えられます。
照りつける太陽と、コース中で最大傾斜のガレた斜面は、岩内岳山頂への最後の試練です。
9合目を越えると気分はスカイウォーカー。
最高の空中散歩を楽しんで、山頂到着です。
3つの海を望む、直径200kmのパノラマが待っていました。
・岩内岳からのパノラマ
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緑と青の境界線で、なにもせずただ風に吹かれていると、海とか山とか空だとか、世界はわりとシンプルに出来てるんだなって感じます。
山頂という場所は、いつも、どんな山でも立ち去りがたいものだけど、今日ほどそれを強く感じたことはありません。
だけれども、いつも、どんな山でも、立ち去らないわけにはいかないのです。
あらゆるものは通りすぎる、ってことです。
山を下りる道すがら、登山道わきにひっそり咲くクルマユリが印象的でした。

山頂から見えた、パッチワークのような田畑の風景の中から岩内岳をふり返り、今回の山旅をしめくくりました。

登山日:8月上旬
岩内岳 GPSトラック
岩内岳 コース断面図
投稿者 hamayo : 07:34 | コメント (7) | トラックバック
2009年7月23日
遠い青空 美瑛富士
夏山はやっぱ、これですよ。
風は冷たく、雲は黒く。
空のご機嫌をうかがいながら、白金温泉より大雪の稜線を目指しました。
白金温泉から美瑛富士避難小屋へつながるトレイルは、傾斜はきつくないもののひたすら長く、とにかく地味で、唯一と言っていい見どころの「天然庭園」と呼ばれる場所は、累々たる岩石と背の低い針葉樹がいかにも庭園のたたずまいを見せているらしいんだけど、なにかの手違いでもあったのかひどい荒れ庭になっており、もはや足下の泥濘を話し相手にもくもくと登るしかやることがない、そんな道です。
庭師不在の天然庭園
3つの雪渓を越えて。
じりじりと標高を上げ、もう少しで雲の中に入ってしまうぞって所で美瑛富士避難小屋に到着。テントは一張りもなし。
お花畑と一夜の寓居。
お昼は、余市の酵母パンの店「凜香」のハチミツオレンジパン。
それに、ドミニカ共和国はラミレス農園のコーヒーです。
外は冷たい霧雨で、テントの中でまったりしていると、オプタテシケから帰ってきたパーティが「山頂はギリギリ雲海の上だよ」などと言いなさる。
時刻は午後3時半。
オプタは明日にするとして、暗くなる前に帰ってこられるとなると美瑛富士か。
よし行ってみるか!
ってなわけで美瑛富士を目指したものの・・・
あと少しで空に手が届くのに。
頭のすぐ上を、ものすごい速度で雲が流れていきます。
雲は南の方角から切れ目なく押し寄せてきますが、不思議とこの山頂の上空だけは雲がかかりません。
一面灰色の世界にぽっかりと開いた青い空間は、まるで別の世界への入り口のようです。
そのうちもっと大きく開くんじゃないかと思いしばらく待っていたけれど、思いとは逆に青空はどんどん遠くなっていき、やがてその口はぴったりと閉ざされてしまいました
がっくりと肩を落とし、ふたたび灰色の雲の中へと。
テントに戻るころにはさらにガスが濃くなり、すぐ近くにある避難小屋さえ見えません。
あとはもう、明日の好天を信じ、食べて寝るだけです。
ところが、フライを閉めてお湯を沸かしていると、とつぜん辺りが赤くなり始めたのです。
テントの外に出てみると、夕陽に照らされた石垣山が真っ赤に染まっていました。
夕照のテント場と石垣山。
さっきまでの灰色の世界が嘘のように、空には色があふれていました。
やがて幕が下りてくるかのように、頭上から覆いかぶさってきた暗闇がふたたび色を消していき、今日いちにちが終わりました。
・
・
・
やかましいくらいのナキウサギたちの声とともに朝はやって来ました。
午前3時の空はまだ暗く、美瑛富士の上にはレモンのような形の月がかかり、眼下には富良野盆地の夜景がまたたいています。
一見すると、素晴らしい夏山の一日が始まろうとしているようにも思えました。
しかしテントの外に出てみると、触れただけで体力を奪い取られそうな、ねっとりと湿度を帯びた風が体にまとわりついてきます。
城壁のような黒雲は、まるでぼくを威嚇するかのように立ちはだかっています。
気温は+12度になっていました。
昨晩、寝るときには+6度だった気温が、一日で最も冷えるはずの日出前に+12度になっているという事実は、ぼくに下山を決断させる決定的な材料になりました。
たとえ今、星空が見えていようとも。
あたりが明るくなり始める4時、まだ雨は落ちてこないものの雨具をフル装備して、山を下ります。
3つ目の雪渓を渡るころ、突如として猛烈な風が吹き始め、シャワーのような雨が降り出しました。
雨はみるみる勢いを強め、トレイルは泥の排水溝となっていきます。
そして山上に雷一発。
4時間後、登山口に着いたときは、全身が泥まみれになっていました。
本当なら、いまごろはオプタテシケ山の頂上にいる予定でしたが、これはこれとしてひとつの素晴らしい山行だという思いです。
オプタテシケ山は、また別の機会に登ることになるでしょう。
投稿者 hamayo : 22:23 | コメント (8) | トラックバック
2009年7月15日
春香山に登って夏が嫌いになる
きれいに晴れ上がった夏空の下、春香山へいってきました。
それも「桂岡コース」ではなく、長大な林道歩きというかもうほとんど林道歩きがメインでしょみたいな「春香沢コース」で。
予想してたとおり、やっぱり夏の低山歩きは狂気です。
いっぺんに夏のことが嫌いになりました。
照りつける太陽が容赦なく首筋を焦がす。
煮えたぎる汗が体表をくまなく覆い尽くす。
一歩足を踏み出すごとに乾ききった大地から土埃が舞い上がり、汗にまみれた腕に、鼻に、唇に、べっとりと張り付く。
風は吹かない。
銀嶺荘までの道程、つまりコースの9割がこんな林道歩きです。
銀嶺荘からは、ようやく登山路らしい急登になります。
ふだんなら見るのも嫌な急登ですが、このときばかりはマッテマシタな気分で山頂へと駆け上がります。
山頂からはおたるドリームビーチが真っ正面に。
あそこで泳いでる人たちが、とてつもなく羨ましく思える真夏の山頂。
小さな白樺が作る小さな木陰が、ささやかなオアシスをもたらしてくれました。
水たまりのサンショウウオだけが夏を満喫していた、7月の春香山。
夏はやっぱり低い山より高い山。
大雪のどっかでテントを張って、夕涼みでもしたいものです。
登山日:7月上旬
春香山(春香沢コース)GPSトラック
春香山(春香沢コース)断面図
投稿者 hamayo : 21:16 | コメント (4) | トラックバック
2009年6月 2日
五月の空、芽室岳、サルオガセ
昨年の春に伏美岳に登ってから、ちょうど一年がたちました。
まだ雪を残す日高の白い山なみと、新緑が駆けあがる深い谷の風景を見に、芽室岳にいってまいりました。
ぽつらぽつらと現れる残雪が、尾根の東側を覆うようになる 1,000m。
結局ここから山頂まで、雪のラインは途切れることなく繋がっていました。

景色の一変する1400m。
雪の回廊に導かれ、急斜面でふり返ると、木から降りられなくなったネコの心境です。

そして稜線直下、谷の源頭を横断して最短距離で山頂部へ抜けるトラバースで、思わぬ誤算。
氷化した急斜面では、キックステップもストックも役立たず。
自分が今、平和に満ちた無風快晴の空と、冷たく薄暗い奈落とのあいだに立っていることを思うと、脳の中心部が熱くしびれてきます。
途中でトラバースをやめ谷から這い出して、ホッとひといきの絵。

稜線の雪は融け、ひさしぶりに土の上を歩いて山頂へたどりつくと、目の前には息をのむ絶景が広がっていました。
・芽室岳からのパノラマ
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本日の山頂カフェは、グアテマラは El Injerto I 農園の逸品と、いつもの花園・メランジェのウォルナッツ・レーズン・サワー・ブレッドです。

のどかな陽光をあびて、修羊公の寝床のような石の上でまどろんでいると、いつしか日は陰り風も吹いてきました。
伏美岳のときのイヤな記憶が脳裏をよぎります。
あわてて山を下りはじめ、1400m付近で振り返ると・・・

さいわい今度ばかりは、ライトニングボルトを食らうこともなく下山できました。
日高の主稜線からはずれている芽室岳は、「山の中にいる感」は乏しいものの、地平のかなたまで広がる十勝の大平原と波打つ山脈との対比が同時に楽しめる風景は、北海道の山ならではのものです。
日高の巨人たちを目の当たりにできる伏美岳のそれとは、だいぶ違った印象を受けましたが、いずれ劣らぬ大展望の山ですね。
登山日:5月下旬
芽室岳GPSトラック
芽室岳コース断面図
オマケ。
寝っ転がって、お湯が沸くのを待つ。

ストーブに薪をくべ、火をおこし、汲んできた水を沸かす。
ヒトが持っている、手足を動かしたいという根源的欲求が心地よく刺激される、山小屋の夜。
登山口のすぐそばにある「山小屋芽室岳」は、手入れがゆきとどいてて、とても気持ちのいい山小屋でした。
投稿者 hamayo : 20:45 | コメント (12) | トラックバック
2009年5月28日
尻別岳に雨が降る
夏山一本目、尻別岳に行ってきました。
今年も去年同様、カッパが手放せない夏山シーズンになりそうです。
山行き装備を車に積んで出勤、仕事帰りにそのまま山へ。
日が長いこの時期は、うまく立ち回れば、休みが一日しかなくても山中露営できちゃったり。

でも残念なことに、朝夕ともに羊蹄山は見られませんでした。
かわりに洞爺湖ロングラン花火大会を(音だけ)楽しませていただきました。
高度感バツグンのロープ場。
あまりにもロープが長すぎるので、体重をかけるとビヨ~ンと伸びるのがまた恐怖。

コースの後半は、一直線の急登がひたすら続き、ロープも延々続きます。
そしてやっぱり雲の中へ。ハァ。。。
ガスのせいで、右へふらふら左へふらふら。
山頂は広大な雪田になっておりました。

むかーし登った喜茂別コースは、昨今利用する人はあまりいないようです。
山頂標識を見る限り、「京極コース」なんてのもあるみたいで、かつてのこの山の人気の高さが偲ばれます。
広々とした頂上はテントも張り放題だし、満月の夜に月明かりに浮かぶ羊蹄山を眺めに行く、みたいな登山もしてみたいものです。
登山日:5月中旬
尻別岳GPSトラック
尻別岳コース断面図
投稿者 hamayo : 22:31 | コメント (6) | トラックバック
2009年5月 6日
裏山から小樽の町にご挨拶
雪はもういいや、なんだけど、とりあえず連休前のお休みの日に、裏山に登って小樽の町に帰ってきたご挨拶。

今年も町場は寡雪だったようですが、山はまずまず平年並みの積雪はあった模様。
とはいうものの、スノーシューはただのお荷物でした。
そりゃね、もう5月だもんな。
投稿者 hamayo : 20:17 | コメント (3) | トラックバック
2008年11月23日
頂白山へ、電車に乗って
それは、ほんの1週間前の話しなのです。
なにもかもが雪の下にうずもれた今となっては、ずいぶん前の出来事のように思えてきますが、そこには確かに晩秋の風景がありました。
足の裏には今でも土の上を歩く感触が残っていますし、落ち葉を掻き分ける音や小川のせせらぐ音も、はっきりと思い出すことが出来ます。
ここは仁木町。
道路の両脇に延々と続く果樹園は、フルーツ王国仁木を代表する風景です。

フルーツ街道を通るたびに、この山の看板のことが気になっていたものの、なにぶん小さな山なので行く機会にも恵まれず今日まで来てしまいました。
無雪期最後の山歩きは、仁木町ウェブサイトのトップページにも載っている、頂白山へ。
小さな山にクルマで行ってもつまらないので、JRを使って行き帰りの道中も楽しんでまいりました。
頂白山 断面図

電車はいいなぁ
↓↓↓↓↓↓↓
■立席スイート
鉄道というのは、休日よりも平日のほうが混み合うのかもしれない。
電車に乗らなくなって久しいので最近の事情はよくわかりませんが、週末の、しかも久しぶりに晴れて気温も上がった日なので、出掛ける人も多く混んでいるだろうと思っていた車内は、思いのほか空席が目立っていました。
といっても、混んでようが空いてようが、座るつもりはハナから無いのです。

ぼくにとってこの場所は、ある意味スイートルーム。
トワイライトエクスプレスの1号車スイートに乗った気分で、函館本線を西へ。

■Red Nuts
赤は秋の色でしょうか。
ブドウもリンゴも収穫が終わり、華やかだった果樹園はどこも淋しげですが、野辺にはまだその残り火がくすぶっています。



秋の野には赤い色があふれていました。
でも赤は、冬の色なんじゃないかなぁ。
■明るいほうへ
弱々しい11月の陽射しが巻層雲によってさらに薄められ、山の秋はもはや消えいる寸前です。

丁寧に刈払われた幅の広い山道は、右に左にと緩慢に曲がりながら、ずっと遠くまで続いています。
まだ目指す頂白山の山容は見えません。
勾配もゆるく、この道が本当に山頂につながっているのかと不安になってきます。
それでもぼくは、光走性をしめすプランクトンのように、ただただ明るいほうへと進みます。
■雑木林
雑木の林に身を置くと、とても落ちついた気分になります。
それは、大雪や日高にあるような原始の森に入ったときに抱く緊張や、そこかしこから感じる人を寄せ付けないような視線とはまったく異質なものです。
人によって育てられ、人との共生を続けてきた雑木林には、人との接触を拒むような要素はどこにもありません。
いやむしろ、人が来ることを喜んでいるかのような雰囲気さえ感じられます。
そしてぼくも。

果樹園の裏手から続く山道の奥には、整然と手入れされた雑木林がひろがり、そこには冬の午後の日だまりのような暖かさがありました。
■どこまでも平らな道
あまりに幅が広く、歩きやすい道のせいで、「登っているのか?」という疑念をなんども抱きながら歩いていると、唐突に頂白山が目の前にあらわれました。

このまま直登するのであれば、山頂は目前ということになるのですが、幸か不幸か道はここから大きく右へと迂回し、結局この緩やかな道は山頂まで続きました。
さらに、山頂手前の北峰と南峰とのコルでは、テニスコートが1面取れそうな広さの平地がいきなりあらわれて驚かされます。

まったくもって、どこまでも平らな山です。
■電車の見える風景
山頂には先客がいました。
たったひとり。
よく見ると、仁木の果樹園が広がる坂道で、ぼくが歩くのとほとんど変わらない速度で、自転車をよっこらしょと漕いでいた女性でした。
結局のところ、仁木駅から頂白山の頂上までの間、この人にしか会わなかったということです。
「なにもせずにぼーっと、遙か下の函館本線を走る小さな電車を見るのがこの山に登る楽しみなんです」、という彼女の言葉がとても印象的でした。

■そば粉のガレット
ずっと昔、札幌に Cafe-Creperie Le Bretagne というガレットを食べさせる店があり、何度か食べにいったことがありました。
ちょうどオープンカフェというスタイルが北海道にも渡来しはじめたころで、夜風に吹かれながらあつあつのガレットを食べたことが懐かしく思い出されます。
そば粉というと「そば」しか思い浮かばない時代でしたから、香ばしくて滋味に富んだガレットの味に、第6の味覚を発見したかのような衝撃を感じたものです。

山では大きなフライパンが使えないので、うまく焼くことは難しいけど、ガレット自体はとても簡単、かつシンプルな食べ物です。

デザートガレットはちと失敗。
ダイス系でなくスライス系のドライフルーツならうまくいくかも。
■展望は180度
高さ400mちょっとの雑木の山なので、ダイナミックな展望こそ見られませんが、すぐ足もとにこぢんまりとした町並みが広がる風景は、遠く離れた土地に出掛けたときのような旅愁を感じさせます。
・頂白山からのパノラマ
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鉄橋を渡る電車の音が向かいの山にこだまし、電車が見えなくなったあともしばらく耳に届いていました。
■まるで時間が止まったかのように
午後から雪、の予報が気持ちよく外れ、長い影を引きずって歩く帰り道。
枯れ草さえ微動だにしない完全な無風のなか、向こうに見えるあの山も、いま歩いているこの山も、永久にこの季節のまま凝固してしまうんじゃないかという錯覚を感じます。

ひとつくらいそんな山があっても悪くありませんが、寒気も雪も北風も、均しく分けへだて無く平等に、すべての山にやってくるのです。
■そして然別へ
然別の駅へと向かう途中、余市川を渡る橋の上から頂白山が見えました。
道のなだらかさとは裏腹に、意外にも端正な姿をしていました。

然別の駅は思ったより近くなく、線路を横切ろうとしたときには、乗る予定だった14時47分発普通列車は駅を出たあとでした。

駅に人の姿はなく、日が陰った駅舎の中に冷たい空気が忍びこんできます。

次の電車まで1時間。
何もしない、何もできないこういう時間が、わりと好きです。
じっと目をつむり、今日の山を思い返し、今年の山を回想していると、だんだんと体の中から暖かくなってくる気がしました。
翌日から大雪が続き、どっかりと雪が積もったこれを書いている「今」から考えると、たった1週間前にこんな日があったことが幻のように思えてきますが、それがかえってこの日を特別な日として輝かせるのかもしれません。
無雪期の最後、本当に最後の最後にこの山を歩けたことは、今年の最上級の喜びです。
一日中雨で何も見えなかった八甲田や、氷雨のなか撤退したイワオヌプリを帳消しにしてくれるような、きらきらと光り、ほくほくと暖かい、無上の山旅でした。
投稿者 hamayo : 12:30 | コメント (5) | トラックバック
2008年11月 4日
思索の山、両古美山
いつ来ても期待を裏切らない山。
そんな山をひとつ知っているだけで、じゅうぶんぼくは幸せなんだと思う。
去年と同様、雪が降る直前の両古美山で、寒風に吹かれてきました。
山で考えるということ
↓↓↓↓↓↓↓↓↓
■空の青、山の蒼
たかだか標高600mのラインに森林限界を持つこの山には、今日も強い風が吹いている。
冬のあいだの大量の積雪のみが、この景観を作るわけではないはずだ、とぼくは思ってる。
四六時中吹いているこの強風もまた、関係しているはずだ、と。

考え事をしていても、頭に浮かんだ言葉は風に吹かれてちぎれ飛んでいく。
残された言葉を集めて、思索の山歩きへ。
■枯れ木も山の賑わい
いんや、枯れ木が主役なのだ。
冬が近付くと山の木々はみな葉を落とし裸になっていくのに、人間は着る服を増やしてどんどん着膨れしていく。
人間の美しさの所在には興味ないけど、身にまとっていた葉を全部落とし、幹と枝だけになった白樺の木にぼくは、背筋の凍るような美を感じる。
■野菊
花が散ったあとに残された野菊の種子は、華やいだ秋が終わったことを告げる花火のようだ。
やれ固有種だとか、希少種がどうとかいって、おおぜいの登山者に愛でられた野山の花も、散ってしまえば見向きもされない。
次世代への遺伝子をたずさえた種子にもまた、花の時代とは別の美しさがあるのにな。

この程度の冠毛にどれほどの効果があるのか分からないけど、雪が積もる前に風に乗って飛んでいけと祈らずにはいられない。
■落ち葉の魅力
落ち葉を蹴散らして歩くのは楽しい。
冬枯れの山で、乾いた落ち葉の上に眠るのは、ぼくのささやかな夢のひとつ。
でも北海道の野山でそれを実現するのは、綿密な計算と幸運が必要になる。
前にも書いたけど、落葉と降雪とが一緒にやってくる北海道では、落ち葉はすぐに濡れてしまう。
そして濡れた落ち葉はなかなか乾かない。
乾かないうちに次の雪が降り、しだいに山は白くなっていく。
チャンスはほんの数日しかない。
ぼくが関東の低山にあこがれるのは、多分このせいなのだ。

でも今日は泊まらない。
テントは背負ってきてるけど、今日は泊まらない。
明朝にはここも真っ白になってるだろう。
■今川焼 = 回転焼き ≠ おやき
甘納豆とドライアップルのパンケーキ。
というか、今川焼。
フライパンとしては使いようがないコッヘルの蓋も、今川焼にはベストなサイズ。

甘納豆だけだとホントの今川焼みたいになるけど、ドライアップルを入れることで酸味がきいて洋風になる。
小麦粉は偉大だな。
今度はそば粉でやってみよう。
そば粉の香ばしさは、しょっぱいものにも合うはずだ。
おやつでなく主食にもなれるかもしれない。
■イキりの岩
そんな名前の岩はない。
でもこの岩場に来れば、誰もがこんな写真を撮りたくなるに決まってる。

「おまえ、なにイキっとんねん」、ってカンサイ人ならそう言う。
しゃーない。
ここは見晴らし良すぎなんだから。
・両古美山8合目くらいからのパノラマ
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■三次元トーラスの夕べ
海が見える山はいい。
海岸から眺める海よりも、海原の只中で見る海よりも、山の上から見る海がいい。
それはたぶん、風景の遠近感だったり、水平線の遠望からくるものだと思うけど、今日はそれだけではない。
三つの海が見えるこの山で、興味は水平線のかなたに飛んでいく。
正しい宇宙モデルなんて、今の人類には一生かかっても見つけられないだろうし、見つかったとしても誰にも理解できないものになるのだと思う。
でもこうやって、高い場所から空と海との境界がはっきりしない夕陽の海に、水平線の向こう側を見ていると、クラインの壷や三次元トーラスの実体が見えてくる、、、気がする。
Newtonを立ち読みした直後のように。
■Über den Bergen
下山後に見る幾重にもかさなる山並みは、次の山旅への想像力をふくらませる源泉だ。
あの山の向こうに何があるのだろうか、何かが見つかるんじゃないかと、山の向こうへの欲求は強まるばかり。
実際のところ、「山のあなたの空遠く」にも、「山のあなたのなほ遠く」にも、幸いなんか無い。
小学校時代の大門先生は、幸いのありかをぼくにこっそり教えてくれたけど、その意味が分かるまでに何十年かかったことか。

「山のあなたのなほ遠く」はつまり「山のあなたのあなた」だが、「ここ」から見た「山のあなたのあなた」は、「山のあなた」から見れば「山のあなた」なわけだ。
「山のあなた」まで行って見つからないものは、どれだけそれを重ねても見つからない。
ゼロは何倍してもゼロだ。
哲学や形而上学的な答えなのかと思っていたそれは、以外にも物理学的、あるいは数学的な解釈の方が分かりやすかった。
それとも ZEN?。
最後は西からせまってくる雪雲に追い立てられるかのように、急ぎ足で下りてきた両古美山。
それでもじゅうぶん思索の山は楽しめた。
昔の人は、山は考える場所だと思っていたようだが、たしかにそのとおりだと思う。
家の中とか、布団の中とか、クルマの中なんかよりは、よっぽど考えるのに適した場所だ。
山に行くたびいつもこんなふうに思索していると、そのうち役行者か空海みたいに・・・は、なれないけど、修行を積めば山に行かなくても山に行った気になれるかもしれない。
エア・ギターならぬ、エア・トレッキングだな。
投稿者 hamayo : 21:39 | コメント (8) | トラックバック
2008年10月20日
烈風紋別岳 雪のち晴れ
裏山のカラマツ林がいっせいにざわめく音は、無雪期の登山シーズンに終わりが近付いてきた合図です。
それは今年最初の季節風が尾根をこえて吹きおりてきたことを意味します。
10月の寒気はまだ、冬将軍のような忍耐力こそ備えていませんが、それでも西海岸のこの地域を一・二日灰色にするぐらいは朝めし前です。
こんな日は西風の届かない太平洋側へのトリップが、Viscountが取るべき最善の選択になります。
紋別岳GPSトラック

紋別岳コース断面図

途方もなく抜けのいい尾根歩き
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■明るい道
林の木々が葉を半分ほど落としたせいで、足もとに明るい光が届きます。
おおかたはカシワの木で、シラカバも混じっています。
関西の山でカシワといえば、冬でも枯れ葉を落とさない木のイメージですが、北海道ではどうなのでしょうか。
カサカサ、ガサガサ。
乾いた落ち葉を蹴散らしながら歩く尾根道。
静かな秋の午後です。

■寝床を探して
前回のニセコとは違い、初めて歩く山ではなにも情報がありません。
ましてや、「テントが張れそうな場所」などといったものは、事前に手がかりを得ることは期待できません。
日没までに残された時間と、目の前にあるキャンプ適地、そしてこの先にあるかもしれないシャングリラとを天秤にかけ、進むか留まるかを判断します。

ですがこの、「頼れるのは自分の勘」といういつもとは異なる緊張感に包まれながら尾根を登っていく作業は、いやな種類のものではありません。
心の中で起きている不安と好奇心との戦いで、いまだどちらが勝利するのか分からない拮抗した状況を、ぼくはひそかに楽しんでいます。
■北風と太陽
イソップの童話ではいつも太陽の勝利が描かれていますが、どうやらぼくの周りの現実はいつもそれとは逆になるようです。
さっきまでにこやかに微笑んでいた太陽の神様は、いつの間にか風神へと姿を変えていました。
樹林帯を抜けて飛び出した7合目から見えたのは、大暴れする北風の神ボレアスです。
この稜線の先に理想郷があるとは到底思えません。
16時11分、進むのをやめて、無いよりまし程度の木々が風をやわらげてくれるこの場所でテントを張りました。

■non-freezed Dry food
北風の夜に、炊き込みご飯を食べながら・・・
かつて長期縦走をしていたころは、荷を軽くするためにフリーズドライ食品をよく使ったものですが、日帰り登山ばかりするようになった最近では食料の重さに頓着しなくなり、オートキャンプの料理のようなものを求めるようになっていました。
ところがある日、海外の人のBlogの中で、「日本のトラディショナルな乾燥食品はバックパッキングの食事としてとてもグレイトだ」として、「ひじきと麩を味噌でといたスープ」が紹介されているのを見かけたのです。
勉強熱心な外国人観光客が、ときに日本人よりも詳しく日本のことを知っているのと同じように、彼らは私たち日本人が忘れかけている古よりの食文化を発掘したのです。
衝撃でした。
山で食べる食事くらい、できれば添加物まみれの'おいしいゴミ'は食べたくない。
海草類やダシ取りだけじゃなく、切り干し大根や高野豆腐、アルファ米だって「糒」を横文字にしただけだし、日本の伝統食品にはまだまだパワーがありそうです。
山の和食に夢がふくらみます。
■月と初雪
食事をしているころから降り始めた雨は、荒れ狂う北風に乗って烈しくテントを叩きます。
10分降って 10分晴れるといった、典型的な冬の降り方です。
やみ間に外へ出てみると、蒼い月が山の上に出ていました。
流れる雲のなんと早いことか。

テントに戻ると、HEX3の周囲を六角形に囲むように、白い輪が光っています。
雪です。
降った雪が幕体を滑り落ちて、裾に積もったのです。
こりゃ今夜は冷えるぞ。
■夜明け
たとえ時計のアラームが鳴らなくても、不思議と日の出の時刻に目が覚めてしまうのは、山の上でキャンプしたとき特有の現象かもしれません。
地球と一体になれた気がするこんな朝を、青空とともにむかえることができたなら、今日一日の幸運が約束されたも同然です。

ぼくの体に命を吹き込んでくれた太陽の光はこの山のすみずみにまでふりそそぎ、白く霜をかぶった草原を融かし金色に輝かせます。

■暴風の稜線、広大な笹斜面
ゆうべの雪はすっかり消えてしまったようですが、西よりに向きを変えた風はいまだ衰えることなく吹き続けています。
笹の斜面を駆け上がってくる風が真横から吹き付けてきます。
さえぎるものの無い7合目から先は、倒されると谷底へ落ちてしまう場所もあり、低山とはいえ気が抜けません。
「つよい風のとき キケン 中止を」という看板はダテではないのです。
それでもこの抜けのいい景色の中を歩ける喜びは、氷雨ふる夜を越えてきただけにひとしおです。

いくつものコブを超えていくこのコースは想像以上にアップダウンが多く、稜線歩きといっても見た目ほど楽ではありません。

■山頂への期待
狂ったように吹いていた風とは前紋別岳のピークでお別れです。
ちょっとした地形の変化なのか、ここから先のトレイルではもう風を気にする必要はありません。

さっきまでの笹斜面から趣きを変えて、シラカバの疎林の中を山頂へと続く道。
その先には、洞爺湖、そして羊蹄山が待っているはずです。
■記念撮影
これほどまでに透きとおった青空の下で山頂を踏めたのなら、自分が祝福されていると勘違いしても無理はありませんが、謙虚な気持ちも忘れてはいけません。
記念写真の主役は自分ではなく、青空に譲るべきです。

朝8時の山頂にはもちろん誰もいません。
360度をひとりじめです。
・紋別岳からのパノラマ
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■ぽかぽか陽気
太陽が高くなるにつれて気温も上がる帰り道は、足どりも軽くなります。
春のようにやさしい光がそそぐ尾根道を歩いていると、凍てつく風に吹かれた昨夜の記憶はすっかり溶けてなくなってしまいました。

どうやらぼくは山頂よりも、山と山のあいだのほうが好みのようです。
紋別岳の山頂ではなく、ただの尾根道から見るこのパノラマにたまらなく惹かれるのです。
・紋別岳8合目付近の鞍部からのパノラマ
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どこまでも続く笹の斜面を風が渡っていきます。
その向こうに噴火湾が見え、さらにその先には駒ケ岳や道南の山々が浮かんでいます。
目を閉じて、この斜面に雪が積もったところを想像すると、シールを利かせながら雪原を進むスキーの音が聞こえてきそうです。
■お気に入り
山頂を後にして、テントをたたんで尾根を下りるとき、ひと仕事終えた後のような充足感が満ちてきます。

こんな感慨の中で風景を見ると、絶景とは、月に照らし出された山脈や、あかつきに燃える稜線だけではないことに気付かされます。
どこにでもある木々、盛りをすぎた草花、なにげない景色が輝いて見えるのです。
またひとつ、素敵な山と出会うことができました。
パタゴニアのフィッツロイやチベットの梅里雪山などとは、比較の対象にさえもなりませんが、この山にはこの山にしかない魅力があるのです。
この山で寝られたことは幸せです。
いつかまた、雪の季節に。
サンクス、伊達の紋別岳。
投稿者 hamayo : 23:24 | コメント (10) | トラックバック
2008年10月 6日
ニセコ山中で隠密野宿
夏の盛りには「はやく雪降れ」などと口走っていたのに、秋が深まってくると「もうちょっと待ってくれ」という気持ちが優ってきたり。
ま、そんなもんだ。
なわけで、まもなく冬を迎えるニセコの山の中に、露営用具をいっさい背負って行ってまいりました。
隠密野宿。
ここでぼくが野宿していることは、誰も知らない。
凍死しても、クマに食われても、誰にも分からない。
そんなデカいテントじゃバレバレだ
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
■雪化粧
秋の空は開放的だ。
麓の畑では休みなく農作業が行われている。
この雄大な独立峰は、天井の高い秋の空のもと、いつもより機嫌がよさそうに見える。

羊蹄山の上部は早くも白くなっている。
あの場所からは、もう秋は去ってしまったのだ。
こことは違う世界には、きっと不機嫌な風が吹いているのだろう。
山頂部に雲がまとわり付いているのが少し気になる。
今日も明日も、雨は降らない予定なのだが。
■ククルカンのピラミッド
上富良野岳の階段が段数を語るなら、こちらは段高で勝負を挑もう。
メキシコ・マヤ文明の、ククルカンのピラミッドを髣髴とさせる、急峻な階段。
そして一段一段の段差が、とても高い。

強引なストレッチは体を痛めるとは良く聞くが、ここの階段はまさにその強引なストレッチそのものだ。
ハムストリングが鳴き、股関節が軋む。
脇の斜面に逃げたとしても、ズリズリとすべる足元に耐え切れず、すぐにまた階段に戻ってくることになる。
このトレイルで最も体力を消耗するのは、スタート地点にあるこの階段だと、断言できる。
■錦秋、秋色
今年の紅葉は、色の乗りがイマイチ良くない。
くすんでいる。
錦秋などとはとても呼べない。
秋色、くらいが相応しい。

好みの問題ではあるが、赤一色とか黄一色とかよりも、常緑の緑にバランスよく色が混ざっているほうが良い。
そこにシラカバの白い樹肌や、うねるハイマツの黒い幹が見え隠れすれば、もういうことはない。

■火口原
目の前はガレの登り。
このあたりも野宿するにはよさげだけど、最低限あそこまでは上がらないと、沼めぐりハイカーの目に留まってしまう。

広いガレ場を登り終えると、山頂火口の一角に出る。
火口原は丸くて平ら、野球場のグラウンドぐらいの広さだろうか。
そう思うと外輪山が観客席に見えてくる。

外輪山は馬蹄型をしており、南西部分が切れていて、少し下がった先にもうひとつ小さな広場がある。
こちらは火口原というよりは、火口に溜まった液体があふれて流れ出したような雰囲気。
上の湯、下の湯、みたいな。
どちらも黄灰色の火山灰土と、多孔質の軽石で埋め尽くされていて、砂の湖のように見える。
フカフカでザクザク。
さらに歩く。
■ぎりぎりセーフ
雲行きが怪しい。
日没の時間を考えると、そろそろ寝る場所を探さないといけない。
足元にはいくつものクリークが走っている。
大きなものは幅1m、小さなものは10cmくらい。
いまは涸れてるが、ひとたび雨が降ると水路になる。
そんなところにテントを張るわけにはいかない。
クリークがなくて、平らなところでも、周りより低い場所はいけない。
それは水たまりの跡だ。
30分くらい歩き回って、地図が描けそうになるころ、場所を決めてテントを立てた。
クリークが枝分かれして、中州のようになった場所で、そこだけ少し高くなっている。
ここ最近、水に洗われた痕跡はない。
でも考えてみれば、今日はHEX3だった。
床がないHEX3は、障害物があってもそれを取り込んで設営できる包容力がある。
テントの中に、水が流れるクリークがあるなんて、風流かもしれない。

最低限のペグダウンをほどこし、中に入ったら、ちょうど雨が降ってきた。
西の空は真っ黒だ。
ぎりぎりセーフ、なんとか間に合った。
■雨の日のテント生活
雨はしとしと降っている。
やむ気配がないので、外に出る気にはならない。
雨の日のテント生活は、退屈だからと嫌う人が多いけど、ぼくはぜんぜん嫌いじゃない。
やるべきことはたくさんあるし、なにもせず横になって雨が降るのを見ているだけでも、小さな発見に心躍ったりするものだ。
そんな中でも、コーヒーを丁寧に淹れる作業は、この上ない至福の時間。
今日のために用意したのは、コスタリカ産の特別なコーヒー、カフェティン・サン・マルティン。
焙煎器を持ってこなかったことは悔やまれるが、2日前に焙煎しておいたとっておきの豆は、今日ちょうど飲み頃になっていた。

柑橘系のフルーティな酸味が、このうえなく上品な飲み口だが、おやつに持ってきたオレオには全然合わない。
テントのそばで山ほど実ってる木の実は、甘すぎてこれまた合わない。
というか、こんなに木の実あるのなら、紅茶を持ってくれば良かった。
雨は降ったり止んだりだ。
■夕照
夕方になると、外が明るくなってきた。
西の地平線付近は雲が薄いので、日没間近の太陽がここを照らしてくれたのだ。

でもそれは、ほんの一瞬だった。
ふたたび太陽が雲に隠れると、テントの周りの気温はぐっと下がりはじめる。
それと同時に、風景は急速に明るさを失い、まもなく夜がやってくることを知らされる。

夕食前に、周囲の尾根をぐるっと一周。
雨が落ちてこないうちに、斜面を駆け下りてテントに戻る。
■幻のパエリヤ
夕食は鍋焼きうどん。
鍋焼きうどんが食べたかったわけではない。
食べたあとの鍋を使って翌朝パエリヤを作るのだ。
中学生の頃は、コッヘルを買う金など無かったから、よく鍋焼きうどんのお世話になった。
食べたあとの鍋で粉スープを戻したり、袋ラーメンをゆでたりしたものだ。
でも昔日を懐かしんでいる場合ではなかった。
緊急事態。
鍋焼きうどんのアルミ鍋の底に、小さな穴が空いている。
点滴のように、規則正しく一滴一滴うどんつゆのしずくが垂れてくる。
このままじゃうどんが茹だるころにはカラッポだ。
ソフトクリームのコーンの底をくわえるみたいに、ちょろちょろ食べるわけにもいかない。
まもなくうどんは、極小コッヘルの中に押しこまれ、うどんとしては食べられるものが出来上がった。
だけど鍋は使えない。
かくしてパエリヤは、幻となった。
■死の湖
雨がやむと風もおさまった。
静かすぎる。
雪洞の中のような、閉鎖的な静けさではない。
天球は無限の宇宙に向かって開いてる。
広漠たる静けさ。

何にも聞こえない。
木の葉がすれ合う音、動物の足音、水が流れる音、なにひとつ聞こえない。
それだけじゃない。
生き物の気配や息づかいといった、生命の感触がまるで感じられない。
山で泊まった夜は、獣の気配を肌で感じて、いつもより少し緊張するのが常だし、それが楽しみでもあるのだが、今夜ほどそれが感じられない夜は初めてかもしれない。
無機質な夜。
月面には「死の湖」という名の地形があるが、ここのような場所なのだろうか。
命あるものはすべて飲み込まれていく。
静かに飲み込まれていく。
気が付かないうちに。
そしてぼくもまた。
■飛礫
真夜中に目が覚めた。
雷雲は去ったようだけど、強い風が吹いている。
パツパツと、幕体を叩く音がする。
嵐がやってくる直前に、晴れた空から大粒の雨がまばらに落ちてくることがあるけど、そんな感じ。

HEXの裾をめくって外を見るが、雨が降っている様子はない。
星が出てる。 ・・・「パツ」
また何か当たった。
正体は、雨粒じゃなくて、小石が風に飛ばされてテントに当たる音。
ここは火山だ、軽石はいくらでもある。
ここの石はほとんどが軽石だから、今日のような強い風が何日も続くと、景色が変わることもあるかもしれない。
砂漠みたいに。
でも、ちょっとうるさいな。
■だめだこりゃ
朝は雨とともにやってきた。
どしゃ降りだ。
そしてすさまじい風。
辺りはガス、というか雲の中。

「参天は冬にしか使わないよ」とぼくが言ったことに機嫌を損ね、「竜巻でも飛ばされなかった実力を見せてやる」とHEX3が息巻いているかのようだ。
もう分かったからいいよ。
風にはビクともしない。
シルナイロンは一滴の水も通さない。
でも結露でびしゃびしゃだ。
横殴りの雨だと、ベンチレーションから風に乗って雨が入ってくる。
そんなところだ。
こんな天気じゃもう下山するしかあるまい。
あ、雨なんてたいして降らないと思って、ソフトシェルしか持ってきてないや。
■びちょびちょだ
ザックの中は、シルナイロンで完全防水。
カメラもレンズも、ジップロックを二重にして防水。
だけど自分の体はソフトシェル。
雨は通さないけど、ザックのハーネスに締め上げられたところから、じわりじわりと染みてくる。
トレイルは川になってた。
水はけのいい火山灰土も、これだけ降れば保水しきれない。

雨の日の紅葉もまたいいもんだ、などというのは帰ってきてから思うこと。
秋の山で雨に当たるのは、惨めなことこの上ない。
寒い、冷たい。
パエリヤが食えなかったから、行動食しか口にしてない。
だからよけいに寒い。
これじゃ修行だ。
■温泉に感謝
もう楽しみといったら、下山後の温泉しかない。
五色温泉が待っている。
冷たいガレ場を通り、豆乳色の水が流れるトレイルを渡り、ククルカンのピラミッドを下ると、ようやく下界が見えてきた。
なぜか雨は小降りに。
遊歩道の先に五色温泉。

下山したのは8時30分だが、五色温泉は朝8時から入れるのだ。
誰もいない平日の朝の露天風呂。
雲の中から出たり入ったりするアンヌプリを見上げながら、2時間ちょっとの湯浴み。
芯まで冷え切った体もぽっかぽか。
温泉のありがたみは、こんな目に遭えばなおのこと強くなる。
サンクス、五色温泉。
そしてイワオヌプリ。
投稿者 hamayo : 21:02 | コメント (12) | トラックバック
2008年9月19日
1995年の借りを返さん_2:ユニ石狩岳
これから登るユニ石狩岳は、上川側と岩間温泉側とにそれぞれ登山口を持っています。
今回ぼくたちは両方の登山口に車を置いておき、ユニ石狩岳に登ったあと峠を越えて反対側に下りる計画をたてました。
こちらから向こう側へ、まさしく過去から未来へと山を越えるのです。
なんとまぁ、良くできた話でしょうか。
ユニ石狩岳周辺図

最後に待ち受けるのは、小説よりも奇なる運命
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
岩間温泉を離れ、晴れ渡る空の下、三国峠を越えて上川側へと車を走らせます。
地表にも低層にも高層にも、天気を崩すような要因は何ひとつ見当たりません。
カルマが浄化されつつあることを確信しました。
ぼくたちは祝福されている。
数十人の登山者でにぎわう登山口を出て、針葉樹が生い茂る森のトレイルへ入っていきます。

やわらかい苔におおわれた林床にはあちこちに穴があいており、ナキウサギたちの団地のようになっていました。

「鳴兎園」と名付けられたこの場所では先行する団体さんと遭遇、ちょっとした渋滞です。

やがて乾いた岩が雪崩のように大きく崩れたガレ場に出ます。
「大崩れ」と呼ばれるこの場所で、ナキウサギを見るために小休止です。
ナキウサギ待ち。

でも残念なことに、ザックをおろした直後に至近距離で顔を出したナキウサギを、hamayo君という脊髄反射で感動表現する男によって撃退されたあとは、遠くに小さな姿を見るだけで写真に収めることは叶いませんでした。
「大崩れ」を越えて高度を上げていくと、遠くに大雪の峰々が見えてきました。

谷の幅が広がり、空が大きく開けてくると、今日の主役ユニ石狩岳が見えてきます。
国境稜線の十石峠です。

十石峠の北側を巻いて、ユニ石狩岳への登りにかかります。

ハイマツもまばらな斜面を、スイッチバックを繰りかえし高度を上げていきます。
足を前に出すたびに遠望が利くようになり、鋭鋒ニペソツの姿も際立ってきます。
山頂からの眺めに期待が高まりますが、遮るものがない登行路では容赦ない風の洗礼を受けます。

そして11:30、ユニ石狩岳の山頂に到着です。
3班に分かれた数十人規模の団体さんが入れ替わり立ち代りやってくる山頂は、都会の雑踏のように混み合っていました。

みなさんのご協力と、Photoshop のパワーのおかげでカタチになった、石狩山地のパノラマをどうぞ。
ユニ石狩岳山頂からの360度
![]()
(991KB;要Flash Player ver8.0.24 or later;別窓で開きます)
同じ山頂でも、寒風吹きすさぶ上川側とちがい、上士幌側はいたって穏やか。
遠く阿寒の山々を眺めてしばし休憩したのち、ふたたび十石峠へと下ります。
ニペソツへと連なる稜線美をほしいままに。

お昼は少しすぎてしまいましたが、山々に囲まれた十石峠でキムチ鍋のランチです。

絶景の十石峠からのパノラマをどうぞ。
十石峠からのパノラマ
![]()
(1173KB;要Flash Player ver8.0.24 or later;別窓で開きます)
心行くまで山岳風景を堪能し、下山開始です。
岩間温泉側に下山するぼくらに、「え?、こっちから登ってきたの?」といぶかしげに尋ねてくる男性一人。
「いや、あっちから登って、こっちに下りるんですよ」と答えたものの、思えば彼の言葉の裏側には、「すっごい道だよ」という意味が隠れていたのです。
始めのうちは、秋風そよぐ風景の中を軽快に下りていきます。

眼下には見渡す限り針葉樹の樹海が広がり、日本離れした景観に何度も足が止まります。

しかしその数分後、ヤブの中に消えたトレイルに、本当に足が止まります。

じきに踏み跡は見つかりましたが、その後はもうずっと、ほぼ90%ヤブの中の行進です。
何度もGPSで現在地を確認しながら高度を下げ、約1時間でキツイ下りは終わりました。
笹藪トレイルには変わりないですが、あとは傾斜のないだらだら道を行くだけです。
ゴールはもう目前です。
・
・
・
すべてはうまく進んでいました。
ギネス記録に挑むドミノは、最後のセクションを通過しつつありました。
ピタゴラスイッチの自動朝食製造機は、トースターのタイマーがチンと鳴るのを待つだけでした。
しかしその期待は、彼の、J君の一言によって、完膚なきまでに叩き潰されるのです。
すべては最初から別の方向へと進んでいたのです。
ひとつ残らず見事に倒れたドミノは、そもそもギネス記録よりも少なかったのです。
トースターのコンセントは差し込まれていませんでした。
よく考えると、岩間温泉側 → 上川側 ではなくその逆コースを辿っていたのだから、これじゃ未来から過去への逆行ですな。
カギのない車の横で土下座するJ君。

途方にくれて善後策を検討するぼくらですが、「運」だけはまだ持っていたようです。
シュナイダーコース往復で石狩岳から下りて来たご夫婦が乗る車が通りかかったのです。
運良く1台目の車を捕まえることに成功し、、、
運良く1台目の車を捕まえることに、???
運良く1台目の車を、、、!!
決別するはずだった過去の光景が、リアルすぎるデジャブとなって、いま再び目の前に現れました。
すべては大きな輪の中で起きていたのです。
比喩でもなんでもなく、いや、比喩を具現化するように、ぼくらは輪の中をぐるっと一回りして、また元の場所に戻ったのです。
Come Full Circle --♪
Aerosmith の曲が耳の奥で無限ループです。
あのころは絵に描いたような愚か者だったJ君もぼくも、いやJ君だけは、長い年月をかけて徳を下げ、絵にも描けないような立派な愚か者に成長したようです。
めでたしめでたし。
快くぼくを乗せてくれ、長い林道を2本も走り、山の向こうまで運んでくれたご夫婦には、いくら感謝しても感謝したりないほどです。
お礼をする機会は二度とないかもしれませんが、今回のぼくらのように困っている登山者にどこかで出会ったら、力になってあげようと決めました。
でもそんなバカモノには、なかなか出会えそうもないですが・・・。
この項終わり。
ユニ石狩岳GPSトラック

ユニ石狩岳断面図(十石峠横断ルート)

投稿者 hamayo : 12:31 | コメント (10) | トラックバック
2008年9月18日
1995年の借りを返さん_1:岩間温泉
中古で買って3日目のジムニーを11月の深夜の岩間温泉で横転させ、ミゾレ降る森を国道までひたすら歩き、朝いちばんの車が通りかかるまで5時間待ち続け、
運良く1台目の車を捕まえることに成功し、なんとか脱出するに至ったあの忌まわしい事件。
あのころは絵に描いたような愚か者だったJ君もぼくも、長い年月をかけて徳を積み、ようやく過去の業と決別するときをむかえました。
カルマ・クレンジングの旅へ
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
国道から林道を走ること10数キロ、石狩岳のふところ深くに湧く岩間温泉は、かつては道内でも指折りの秘湯として一部の人のみが知る温泉でした。
しかしそれはもう、過去のはなしです。
ある程度予想はしていましたが、夏フェスの会場のごとく車とテントがひしめき合った'かつての秘湯'は嫌悪感を抱かせるほどに変わり果てており、先乗りしていたJ君チームのテントの近くには到底テントを張れるような場所はありませんでした。
ぼくは温泉から少し離れた場所で林の中に入り、
・鹿のフンだらけの整地された場所
・オシロイシメジが群生する平らな場所
の2箇所の、ちょうどテント一張り分のスペースを見つけました。
そこだけ草がペタンコに寝ている前者はどうみても鹿の寝床のようなので、後者の「オシロイシメジが群生する平らな場所」にテントを張りました。
Osiroi-shimeji-Mushrooms Camping Ground

かつて秘湯と呼ばれていたころの雰囲気を、少しだけ味わうことが出来そうです。
静かな野湯ではなくなってしまったかもしれませんが、この温泉はなにも悪くありません。
順番待ちをするほど大勢の人が訪れようとも、湯の香りより肉が焼ける匂いのほうが強くしていようとも、鹿の遠鳴きのかわりに飼い犬たちの喚き声が響きわたろうとも、この温泉はなにも悪くないのです。
どれだけ時代は変わろうと、それでも湯は変わらずに湧き続けています。

秋の日暮れは早く、太陽が山かげに隠れると急に空気が冷えてきます。
川渡りの手前まで戻り、3人で静かな晩御飯。
温泉と同じように体を芯から温めてくれるキムチ鍋に舌鼓を打ちました。

温泉に入り、体が冷めないうちにテントに戻ります。
シュラフにもぐりこんで地面に寝転がっていると、川のせせらぎの音に混じって時おり、川底の石が転がる音が低く聞こえてきます。
自然がかなでる優しい音につつまれて、いつの間にか眠ってしまいました。

空腹で目が覚めたときにはもう、マグライトの電池は切れていました。
薄い幕体を透して、月齢14の月光がテントの中にまで落ちてきます。
そうだ、今日はフライシートを張らなかったんだ。
テントのジッパーを全開にして、青黒い森と青白い夜空を見上げると、境界線のシルエットがほんの少し揺れています。
森の上では風が吹いているようです。
近くで鹿が足を踏み鳴らす音が聞こえます。
ドスンドスン。
昼間、鹿の寝床の上を歩いたので、鹿が怒っているのかもしれません。
テントを張らなくてよかった。
そして朝がやってきました。
もう空腹を我慢することもありません。

そしてぼくたちは、山へ向かいます。
・・・この項続く
投稿者 hamayo : 07:21 | コメント (6) | トラックバック
2008年8月23日
素顔の富良野岳 ~三峰山~上富良野岳
いわずと知れた花の名峰、富良野岳。
最盛期の7月中下旬ともなれば内地からの登山客が大挙しておしよせ、登山道は渋滞し、山頂直下では順番待ちの行列が出来ることもあるそうで。
アマノジャクなぼくは、そったら大人気の山になんて登ってられるかよと、いままでずっと無視し続けてきました。
でもまてよ、と。
花の季節が終わり、紅葉シーズンが始まるまでのこのスキマ、もしかして富良野岳はガラガラかもしれない。
富良野岳-三峰山-上富良野岳 断面図

機會來了
↓↓↓↓
思ったとおり凌雲閣となりの駐車場には、十数台の車しか止まっておらず、見たところ登山者らしきクルマは数台だけでした。
ここから安政火口ちかくまでは、整備されたゆるやかな道が続きます。
朝まだ早いこの時間、山の巒気にひんやり、身が引き締まります。

有史以来なんどとなく噴火を繰り返してきた十勝岳のふところ、安政火口です。
はやくも山旅のカンドーは最高潮に。
涸れ沢のヌッカクシ富良野川を渡り、赤い実をつけたナナカマドとハイマツに覆われた緑の斜面を登ります。
頭上にのしかかる化物岩の裾を回り込んで振り向くと、威圧的な三段山の南壁がせまります。
西側から見る冬の三段山とはまたちがう、荒々しい姿です。

上ホロカメットク山分岐を越えトレイルは下りに転じ、同様に涸れ沢となった三峰山沢に降り立つと、かなたに富良野岳が見えてきました。
雄雄しさと優しさが同居した、麗しき山体です。
三峰山沢から富良野だけを望む

(960KB;要Flash Player ver8.0.24 or later;別窓で開きます)
ここから先、三峰山北斜面に広がるハイマツ帯の、長いなが~いトラバースになります。
単調に思えた水平道も、振り向くたびに十勝岳方向の眺めが美しく、時間を感じさせません。
水平トラバースから見る十勝岳方面

(834KB;要Flash Player ver8.0.24 or later;別窓で開きます)
屏風のようにそそり立つ岩をすぎると鉄階段の登りとなり、ようやく登山らしくなってきました。
高度差100mを詰めて稜線に出ると、富良野岳分岐。
今まで見えなかった南側の展望が開けます。
上ホロから境山、下ホロ。そして名前なき山々。

あれだけ遠くに見えた富良野岳も、もう手の届くところにまで近付いてきました。

稜線の北側から次々に雲がわき上がってきます。
下りてきた登山者から、今ならまだ間に合うよと話しかけられたぼくは、一気にペースを上げて先行者をゴボウ抜きします。
雲の中の山頂はもうこりごりです。
そして出発から 2時間40分、富良野岳山頂です。

湧き上がる雲はさっきよりも高い場所にまで達し、すでに雲海へと成長していましたが、なんとか展望を得ることは出来ました。
快晴とはいえないけど、悪天憑きのぼくにしては上出来です。
トンボの飛び交う、富良野岳山頂からの360度
![]()
(1820KB;要Flash Player ver8.0.24 or later;別窓で開きます)
夏のあいだを山で過ごしたトンボたちが、続々とスタートラインに集まり、号砲が鳴るのを今か今かと待っています。
彼らが山を下り始めるのと同時に、秋も里へと下りてくるのです。
今回のコースは、ここ富良野岳山頂でまだ行程の半分に達していません。
このあと分岐まで下り、3つのピークを持つ三峰山を越え、上富良野岳に至る稜線を歩き、D尾根経由で登山口に戻ります。
山脈を越えようと押し寄せる雲の向こうに十勝岳を見ながら、先を急ぎます。

三峰山との最低鞍部まで下りると、すっかり雲に包まれてしまいました。
ここでお昼にします。
ぼくの大好きな豆、ケニア産ルイス・グラシアをガリガリ挽いて、コーヒータイムです。

マッタリ寛いでると三峰山から下りてきたガイジンさんが、珍しい動物を見たから名前を教えてくれ、と話しかけてきました。
話を続けてとうながしても、動物の名前を~ しか言わないので、チチッと鳴くやつなら「ナキウサギ」だよと教えると、ウサギより小さくてネズミくらいだったと言いなさる。
いや、いいんだ。小さいけどウサギ目なんだよ。
日が陰った立秋すぎの稜線は、動いてないと寒さを感じます。
あたりを見回すと雲の中、いつのまにかいつもの風景です。
やれやれと呟いて三峰山へと歩を進めます。
夏の名残のお花畑が延々と続きます。

山名を見てもそうだし、地形図でも予想はしていましたが、三峰山はニセピークの罠だらけでした。
ガスで視界が悪いのでなおさらです。
山頂標識なんてないだろうと思っていたぼくは、ニセピークでたくさん記念撮影をしてしまいました。
ホンモノの三峰山ピーク

どうせ待っても晴れないだろうと三峰山をすぐに下ります。
ところが上富良野岳の登りにさしかかると、
ガスが薄くなってきました。

三峰山から上富良野岳までの稜線は、峻険な崖が切れ落ちる北西側とは対照的に、南東側はわりと平らなザレ地で、どこにでもテントが張れそうです。
薄日を浴びて、平らでザレた稜線を歩く。

国立公園内の特別保護地区なので、指定地以外でのキャンプは禁止ですが、テントが張れそうな場所のデータをストックしておくことは、いつか何かの役に立つかもしれません。
といってもここの場合、上ホロの避難小屋が近いので、利用することはないでしょう。
そして本日最後のピーク、上富良野岳。
10年以上前に来たときには名無しピークだったのに、いつのまにか名前が付いたようです。
なぜかまたしても雲の中。

ここから下山で辿る D尾根は、上富良野岳から西に延びる岩尾根で、末端の化物岩を南から巻いて往路の上ホロ分岐へと出ます。
ガスで先が見えないんじゃなく、急で見えないのです。

登ってきたことはあるけど、下山に使うのは初めてです。
岩の殿堂、爆裂火口をのぞきこむ
![]()
(292KB;要Flash Player ver8.0.24 or later;別窓で開きます)
八ツ手岩への支尾根を右に分けると、傾斜もゆるみ、ふたたび緑の世界になってきます。
振り返ると稜線にかかっていた雲が晴れていくところでした。
上富良野岳から三峰山の稜線
![]()
(377KB;要Flash Player ver8.0.24 or later;別窓で開きます)
しかし D尾根には、岩よりも怖い悪魔が潜んでいるのです。
うわさによると700段以上続くそうです。
ここも昔来たときは階段はなく、U字に掘れた深い溝状で、雨あがりのヌル&ドロに苦労したと記憶しています。
どっちもどっちだけど、下りに使うなら断然ヌルドロ溝だし、上りに使うなら階段だな。
ということで、D尾根は上りに使った方がいいと結論付けます。
そんなこんなで両膝をガクガクいわせ、1時間かけて上ホロ分岐に到着。
安政火口下の涸れ沢を越えるころには日が傾き始め、朝と同様、山の巒気が谷を包みます。
凌雲閣が見えてくるとゴールは近い。

ボロボロになった膝を引きずりつつ、ゆっくりゆっくり。
あとは温泉に入って、うまいもん食って帰るだけ。
山の呼ぶ声に何度も何度もふりかえり。

また来るよと山に挨拶して、トンボよりひとあし早く、山を下りてきました。
メジャーな山も、時期をずらせば静かなもの。
クマ鈴の音を聞かないで歩ける山の、なんと閑寂なことでしょう。
花の季節にも登ってみたいけど、花のない富良野岳には、厚化粧の時期にはない、深閑の魅力がありました。
その他の画像
投稿者 hamayo : 17:51 | コメント (8) | トラックバック
2008年8月 9日
八甲田の山に雨は降る
湧き水を汲んでハイドレーションに入れます。
雨がやむ気配はありません。
それでも、ザックの中身を全部ビニール袋でくるみ、腹をくくって上下のカッパを着込んだら、不思議と爽快な気分になるものです。
一種すてばちな気持ちも、時には重要です。
覚悟は決まりました
↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ロープウェイには、ぼくを含めて4組しか乗りませんでした。
天地左右に前後ろ、すべてが灰色の風景です。
いくら人気のコースでも、こんな天気の日に山を歩こうという物好きは少ないのでしょう。
ロープウェイ山頂駅を下りると、すでにそこは標高1300m。
かつてないほどの楽勝登山が予想されます。
歩き始めは木道の敷き詰められた8の字のコースを進みます。
写真はないので、以下の八甲田ロープウェイ株式会社ウェブサイトをご覧になって下さい。
八甲田ゴードライン(八甲田ロープウェイ株式会社のWebサイトです)
http://www.hakkoda-ropeway.jp/lnks/trekking/hakkoda.html
登山客でなくても8の字をぐるっと回るだけで、八甲田の風景を満喫できるようになっています。
湿原にはいくつも花が咲いているようですが、ガスが濃くてなにも見えません。
田茂萢岳の山頂は標識があるわけでもなく、登っていた道はいつのまにか下りに転じていました。
天気が良ければ、田茂萢湿原を眼下に望むことが出来るのでしょう。
8の字コースを離れ登山道に入ると、そこは整備された木道と違い、いきなりヤブが襲い掛かります。
コース全般に言えることですが、腰から下はきれいに空間があいて快適に歩けるのに、上半身にはモリモリ藪が覆いかぶさってる場所が多いです。
しかもちょうど胸から顔にかけて、密度の高いヤブがいやらしく繁っています。
毛無岱への分岐をすぎるとトレイルは南東へ折れ、赤倉岳からの尾根に取り付きます。

雨がしのげる、大きな木の下だったと言うだけの理由で撮った、赤倉岳までのたった一枚の写真です。
なによりぼくを感動させたのは、森の中に浮遊する針葉樹の香りです。
青紫色の球果を付けたオオシラビソ(アオモリトドマツ)でしょうか。
それとも青森ヒバともいわれるヒノキアスナロでしょうか。
何度も足を止めては、清冽な芳香を胸いっぱい吸い込んでみます。
赤倉岳までは標高差250m。
オオシラビソの林からダケカンバ、そしてハイマツ帯へ。
森林限界前後の整った垂直分布の中を、わっしわっしと登ります。
稜線上の1521m標高点では、ロープウェイで一緒だったほかの登山者も休んでいます。
きつい登りはここまでで、ここからは(晴れてれば)楽しい楽しい稜線歩きが始まります。
ふたたび八甲田ロープウェイ株式会社のウェブサイトをば。
大岳登山コース(八甲田ロープウェイ株式会社のWebサイトです)
http://www.hakkoda-ropeway.jp/lnks/trekking/oodake.html
東側の谷から上がってくる生暖かい風を感じながら、小刻みにアップダウンをくりかえす稜線を進みます。
先を歩いていたポンチョ&アンプレラの登山者が、吹き上げる風にポンチョを煽られ立ち往生していました。
抜かさせてもらい先を行きます。
赤倉岳も井戸岳も、標識があるから山頂だとわかる程度で、ここまで天気が悪いと稜線上にあるコブのひとつとしか思えませんでした。
柵の向こうは、斧で割ったようなガケです。

大岳とのコルへ向けて下り始めると、徐々にガスが薄くなり、小さな沼の向こうに大きな屋根のシルエ




























































































