2010年8月30日

狩場山登山口への島牧村村道は通行止です



朝からサイコーの青空じゃないか、クゥ~。
なんでぼくは家にいるんだ?。


島牧村
http://www.vill.shimamaki.hokkaido.jp/


9月中の開通を目指すとのことです。


ネットで何でも調べられる時代。
そろそろ行き当たりばったりは卒業せなならんですな。
とほほ。。。

投稿者 hamayo : 10:00 | コメント (0) | トラックバック

2010年8月29日

サウナ馬鹿



ぼくはこーゆーの大好きですよ。


Semi-naked Finns take a sauna on Mont Blanc summit, the rooftop of Europe
http://www.telegraph.co.uk/travel/picturegalleries/7965814/Semi-naked-Finns-take-a-sauna-on-Mont-Blanc-summit-the-rooftop-of-Europe.html

Sauna @ Mont Blanc(動画)
http://vimeo.com/14424395


日本の山、たとえば富士山とか剱岳でコレと同じことやったら、非難する声の方が多かったりするんだろうなぁ。
「彼らは山をなめている!」とか
「富士山は古来より信仰の山でうんぬん・・・」とかね。


そうはいっても、フィンランド人のサウナ好きにも程がある、とは思いますけどね。

投稿者 hamayo : 19:55 | コメント (0) | トラックバック

2010年8月22日

集落の人足で草刈りをする



今日は朝から集落の人足で草刈りをやりました。
ゆうべの天気予報だと朝のうちは雨ということだったので、こりゃ中止だべとのんびり寝ていたら、寝床に降りそそぐサンシャインにびっくり。
めっちゃ晴れてました。



続きを読む・・・





草刈りという事になっていますが、メインは道路脇の溝さらいです。
溝といっても、深さ5cm、幅10cmの、流しそうめんのレーンほどしかない細いものです。
舗装と土手の境目を雨水が走ることによって自然とできあがったもので、誰かが掘ってこさえたわけではありません。
そんな小さな溝ですが、これにゴミや土砂が堆積してしまうと道路に水があふれてしまうので、けっこう大事な作業なのです。


集落の人足で草刈り




山間の集落なので若い衆が少なく、アラフォーなぼくでも「兄さん」とか「若いの」などと呼ばれて力仕事を押しつけられます。
「どれでも好きな道具使ってやってくれ」と言っておきながら、重たいツルハシともっと重たいツルハシの二択を迫られ、自分への期待の強さに武者震いしないわけにはいきません。
トレーニングだと思って、ちからいっぱい働きましたとも。


うちの前のジャングル




最後は刈った草をきれいに始末して、これで大雨でも大丈夫。
逃げ場を失ったキアゲハの幼虫2匹とカタツムリを山の方へ逃がし、溝から這い出したミミズ多数は庭の生ゴミ処理場へ引っ越しさせて、すべて終了。
いい汗かきました。






草刈りという事になっていますが、メインは道路脇の溝さらいです。
溝といっても、深さ5cm、幅10cmの、流しそうめんのレーンほどしかない細いものです。
舗装と土手の境目を雨水が走ることによって自然とできあがったもので、誰かが掘ってこさえたわけではありません。
そんな小さな溝ですが、これにゴミや土砂が堆積してしまうと道路に水があふれてしまうので、けっこう大事な作業なのです。


集落の人足で草刈り




山間の集落なので若い衆が少なく、アラフォーなぼくでも「兄さん」とか「若いの」などと呼ばれて力仕事を押しつけられます。
「どれでも好きな道具使ってやってくれ」と言っておきながら、重たいツルハシともっと重たいツルハシの二択を迫られ、自分への期待の強さに武者震いしないわけにはいきません。
トレーニングだと思って、ちからいっぱい働きましたとも。


うちの前のジャングル




最後は刈った草をきれいに始末して、これで大雨でも大丈夫。
逃げ場を失ったキアゲハの幼虫2匹とカタツムリを山の方へ逃がし、溝から這い出したミミズ多数は庭の生ゴミ処理場へ引っ越しさせて、すべて終了。
いい汗かきました。


投稿者 hamayo : 18:23 | コメント (2) | トラックバック

2010年2月 2日

RYOG



直せるものは、直してみましょう。
直せそうになくても、直す努力を放棄してはいけません、直す時間を惜しんではいけません。


続きを読む・・・



ぼくが仕事で使っているある機器が、とつぜん壊れてしまいました。
とてもとてもアナログな機器です。
そうそう壊れるものではありませんが、10年以上使い続けるのはなかなか難しい、そういったものです。


買い換えるとなれば定価で3万円以上、会社で買ってもらっても2万円ちかくします。
よし、どうせ壊れているのなら、ダメでもともとバラしてみようってことで腑分けしてみたら、異様にシンプルなメイン基板。
これならテスタがあればなんとかなるってんで探索開始。
けっきょく、1Ωの抵抗が焼けていただけでした。


抵抗を外すときにパタンを切ってしまったようで、空中配線を張り巡らせる。
抵抗を外すときにパタンを切ってしまったようで、空中配線を張り巡らせる。



あまつさえ、地中配線まで。
あまつさえ、地中配線まで。



最初は、事務所に転がっていた産廃基板からもいできた2Ωの抵抗を使ってみたのですが、いまいち感度が悪く、取ったり付けたりしているうちにパターンを焼き切ってしまったみたいです。


それでも直ればOK、見栄えなんて二の次です。
数万円かかるものが、たった45円ですんだという清々しさ。
直せば使えるものをゴミに出さなくて良かったという気持ちよさ。


Repair Your Own Gear.
これもまた楽しい休日です。



ぼくが仕事で使っているある機器が、とつぜん壊れてしまいました。
とてもとてもアナログな機器です。
そうそう壊れるものではありませんが、10年以上使い続けるのはなかなか難しい、そういったものです。


買い換えるとなれば定価で3万円以上、会社で買ってもらっても2万円ちかくします。
よし、どうせ壊れているのなら、ダメでもともとバラしてみようってことで腑分けしてみたら、異様にシンプルなメイン基板。
これならテスタがあればなんとかなるってんで探索開始。
けっきょく、1Ωの抵抗が焼けていただけでした。


抵抗を外すときにパタンを切ってしまったようで、空中配線を張り巡らせる。
抵抗を外すときにパタンを切ってしまったようで、空中配線を張り巡らせる。



あまつさえ、地中配線まで。
あまつさえ、地中配線まで。



最初は、事務所に転がっていた産廃基板からもいできた2Ωの抵抗を使ってみたのですが、いまいち感度が悪く、取ったり付けたりしているうちにパターンを焼き切ってしまったみたいです。


それでも直ればOK、見栄えなんて二の次です。
数万円かかるものが、たった45円ですんだという清々しさ。
直せば使えるものをゴミに出さなくて良かったという気持ちよさ。


Repair Your Own Gear.
これもまた楽しい休日です。

投稿者 hamayo : 22:49 | コメント (4) | トラックバック

2009年12月19日

もっさり積もりました



昨夜は石狩湾小低気圧が発生していたかもしれません。
冬将軍のヤツときたら、加減というものを知らないんだから・・・。


と思ったら、もしかしてウチの周りだけかしらん。
この大雪。


今週アタマからの降雪はとどまることを知らず、12月としては久しぶりのまとまった積雪になっています。
期間中、気温もまったく上がらず、積もった雪が締まって安定することもなく、ただただ嵩を増すばかり。


ひと晩で50cm


雪崩のリスクが高まっています。
週末、山にお出かけの方は、じゅうぶんにご注意を。
23日の休日も、それまでの期間さらに積雪が上積みされるだけで、雪が安定する猶予は与えられそうもありません。


ぼくは今日も明日もお仕事ですが・・・。


投稿者 hamayo : 10:24 | コメント (4) | トラックバック

2009年11月26日

屋根の上のお掃除



11月の、貴重なくもり空。
屋根の上のお掃除は、冬の前にしなくちゃいけない最後の準備です。


雨も降らず、風も吹かず、雪もなく、そしてもちろん、森のカラマツがすべて葉を落としきっているという条件が、すべて満たされていた、とてもよい日和でした。


屋根の上の、カラマツのお掃除


ことしはカラマツの葉がとても少ない秋でしたが、それでもけっこうな量の葉が積もっていました。


5リットル袋、4つ分


これで冬をむかえる準備は、ひととおり終了です。
キレンジャク御一行様が群れをなしてやってきて、おどろいたヒヨドリが森の中にけたたましく声をひびかせています。


早く来い来い、冬将軍。
でも雪は山だけにしといてね。

投稿者 hamayo : 20:40 | コメント (6) | トラックバック

2009年11月11日

降ってはとけ、降ってはとけ



長期予報どおり、しばらく暖かい日が続いていましたが、ふたたび 850hPaの -6度線が下りてきました。


でも町なかは、このくらい。

みぞれを乗せた落ち葉舟


ところがうちの谷は、こんな感じ。

カラマツ林のモノトーン


こうして降ってはとけ、降ってはとけを繰りかえし、気がつけば白一色になっていくんですね。


投稿者 hamayo : 22:57 | コメント (10) | トラックバック

2009年10月 5日

小松菜のふくろの中に



なんか台所のほうから、カサカサと音がするなと思って見てみたら、なんとまー小松菜の袋の中で、トンボがあばれてるじゃないですか。


いったいどの段階で入ったんだろうか。
収穫の時かなぁ。


小松菜のふくろの中にトンボが



庭に出してあげたら、すいーっと空に向かって飛んでいきました。
すこししてから窓を見たら、網戸につかまってトンボが休んでいました。
やっぱりちょっと疲れてたみたい。
しばらくたって見たときには、もういなくなっていました。
今ごろどうしてるかな。

投稿者 hamayo : 19:38 | コメント (2) | トラックバック

2009年5月 9日

Potassium



ひと冬のあいだ禁欲生活を送っていたせいでしょうか、Runnin' out of self-control ~♪ ってな具合に自分を解き放てば、水に浮かべたカリウムのように火を噴きながら跳ねまわる物欲。


basegear_001.gif




今回は、日本の代理店であるモチヅキが、並行輸入阻止に躍起になってる某テントとか、アレとかコレとかなんだかんだと5点ほど。
しかし相変わらず速達便は驚くべきスピードでございますな。

投稿者 hamayo : 22:58 | コメント (0) | トラックバック

2009年4月26日

I've come back.



結局この年の冬ぼくは、6303ページ分の本を読み、3100gのコーヒー豆を挽き、6つのブタンガス・カートリッジを空にしました。



続きを読む・・・



生き永らえて、帰ってまいりました。
I've come back.



とりあえずひとこと言わせてもらえるなら、もうしばらく雪はいいや、というのがいまのぼくの心境です。
けっこう楽しませてもらったし、懐かしい出会いや、一期一会の出会い、雪のおかげでいい時間をいっぱいもらったのはたしかだけど、ま、雪はもういいんじゃない。


未知の尾根、未知の谷。
異なる言語を持つ人たちが話す滋養に満ちた言葉。
ほんの少しやり方を変えるだけで、新しい世界を手に入れられること。
探し物は・・・、足の裏にあるんだったよな? Matthew。
そして、次にぼくが向かうべき場所。


話したいことは山のようにあるのだけど、いまはそれを書く時ではないようです。
ひとまずは、自分自身にお疲れさん。
そんでもって、サンクス ニセコ、サンクス ヨウテイ!



生き永らえて、帰ってまいりました。
I've come back.



とりあえずひとこと言わせてもらえるなら、もうしばらく雪はいいや、というのがいまのぼくの心境です。
けっこう楽しませてもらったし、懐かしい出会いや、一期一会の出会い、雪のおかげでいい時間をいっぱいもらったのはたしかだけど、ま、雪はもういいんじゃない。


未知の尾根、未知の谷。
異なる言語を持つ人たちが話す滋養に満ちた言葉。
ほんの少しやり方を変えるだけで、新しい世界を手に入れられること。
探し物は・・・、足の裏にあるんだったよな? Matthew。
そして、次にぼくが向かうべき場所。


話したいことは山のようにあるのだけど、いまはそれを書く時ではないようです。
ひとまずは、自分自身にお疲れさん。
そんでもって、サンクス ニセコ、サンクス ヨウテイ!

投稿者 hamayo : 22:55 | コメント (4) | トラックバック

2008年12月30日

ちょっと山ごもり



「人生には変化が必要だ。」と、魚座の人は常に考えているのだとか。


つまらないBlogでも、たまに読みかえすと気付かされることがあります。
おととしと同じような去年、去年と似かよった今年、パターン化した週末。
Typical, Monotonous, and Stereotyped・・・


でも今年の冬は、これまでとは別のものになりそうです。


3408ページ分の本、1250gのコーヒー豆、2本のスキー。
インターネット端末もテレビもない、アンプラグドな生活。
迷惑をかける(かけた、かけている)方々への感謝の気持ちを忘れず、静かに、慎ましく、時間を大切にすごしたいと思います。


なわけで、しばらく山ごもりしてきます。
ニセコの山で、気の毒なくらい転倒しているヤツを見かけたら、それはぼくです。
ヒラフの公衆電話の前で、OZから話しかけられないようにソワソワしてるヤツがいたら、それはぼくです。


コブシの花が咲くころ、野山の雪がとけてスキーが草を踏むようになったら、また戻ってきます。
たぶん。


変化を好む人には、exciting な365日を。
そうでない人には、peaceful な1年を。

I expect that the coming year of 2009 brings exciting changes and surprises.
May the New Year be happy and peaceful for all !


投稿者 hamayo : 00:00 | コメント (3) | トラックバック

2008年9月26日

いま再び、山陽新幹線シリーズを


飲み屋やメシ屋でプロ野球の話しをするヤツは、飲み屋やメシ屋で「いつもの」とかって注文するヤツと同じくらいカッチョ悪いヤツ(どっちもぼくの父のことですが・・・)だと思ってるぼくなので、人前でプロ野球の話しはまずしませんが、Blogならまぁいいや。


なんか気が付いたら、わが阪急ブレーブス、いやオリックスなんとか~が、パ・リーグの2位にいるじゃないですか!。
しかもセ・リーグに目を向ければ、広島東洋カープが3位に!。


これは '84の雪辱を果たすチャンスです。
'75の時のようにボロ勝ちするもよし、'84の時のような接戦もよし。


とにかく、広島市民球場で阪急、いやオリックスが広島相手に胴上げを見せつける最後のチャンス。
0系新幹線が引退する今年、'75の時のように再び「山陽新幹線シリーズ」を演じてくれやせんだろうか。


とはいえ、現実問題として、この組み合わせは難しいだろうなぁ。

投稿者 hamayo : 23:47 | コメント (5) | トラックバック

2008年7月 6日

断熱圧縮の午後、露点近づく夜



暑いです。
昨日の小樽は道内で3番目に暑かった。
いくら湿度が低くても、30度を超えるとやはり「暑いあつい」と口に出してしまいます。


これが夜になると、気温が落ちていくのが内地とは違うところ。
ところがこういう夜は、気温が下がるにしたがって湿度が上昇していくのが物理の法則です。
不快指数はむしろ悪化するのです。


昨夜はたまらず夜の22時に、喫茶コロンビアにモカソフトを食べに出掛けました。
ちゃんとしたコーヒーを出す店のコーヒースイーツは、やはり格別のおいしさです。
ぼくは「うーん」と唸るしかありませんが、これはおいしくて唸ってるのではなく、悔しくて唸ってるのです。
自宅でこの味が出せないことの悔しさに。


この日、山をはさんだ南海岸の苫小牧や白老では4m/s前後の風が吹き、小樽より10度も気温が低かったようです。
そのくせ湿度は80%以上。


東よりの、湿った、だけどそれほど熱くない南風が引き起こしたフェーンは、今日も小樽の午後に熱波をもたらしそうです。

投稿者 hamayo : 11:49 | コメント (3) | トラックバック

2008年2月24日

北海道 大荒れ ?



なんだか昨日今日と、北海道は大荒れの天気だったみたいですね~。
その点ぼくなんて気温22度の世界で常春気分ですよ。
いやーヌックヌクだわい。


春を先取り?
↓↓↓↓↓↓


続きを読む・・・




22度の世界ってのはつまり、自宅です。。。
もう昨日の夜から陸の孤島ですよ。
道路が雪で埋まって。


今朝なんて新聞配達の少年が、ウチの前の坂の途中で、


 「もう歩けなぁぁいよぅぅぉ~んんぅ」


と雄たけびを上げる声で目が覚めてしまいました。
幻聴かと思いましたよ。


起きてリビングに行くと、なんだか暗い。
もう8時なのに。
カーテンを開けると・・・


家が雪の中に埋まってる!
窓の外は雪、というか雪に埋まってる


こりゃイカンと思ったけど降雪は止まっているし、晴れ間も出てきてるようなので、パンを食べてコーヒー飲んで、ブル(ブルドーザー。雪が降ると来てくれる)が来てくれるのを待ってみるものの、昼前になっても気配がないので、完全山装備に身を固め、意を決して「おウチ掘り起こし」のために外に出ました。


完全に雪に呑まれてる。
雪に呑まれてる家


とりあえず窓のところだけ雪を掻くかってことで飛び込んでみると、「!!!」。
胸より上は雪の上に出てるけど、足が「固いところ」に着いてない。
こりゃ両腕の抵抗で沈まずにすんでるだけだ。
まさか自分ちの庭で胸パフのパウダーと戯れることが出来るとは(遊びじゃないけど)。


掘って掘って掘りまくって、ようやく3枚の窓を掘り起こして家の中に入ったけど、掘り出した雪が壁になったせいで外の景色は雪壁オンリー。
あんまり明るくはなりませんでした。


そして夜になったら、窓の外の雪壁を穿ち、キャンドルをひとつ。


小樽雪あかりの路は終わったけど、ここはぼくだけの雪あかり。
ぼくだけの雪あかり


ジオラマ作りは楽しいな。
小さな家


ブルは夕方やって来て、明日からは普通の生活に戻れそうです。




22度の世界ってのはつまり、自宅です。。。
もう昨日の夜から陸の孤島ですよ。
道路が雪で埋まって。


今朝なんて新聞配達の少年が、ウチの前の坂の途中で、


 「もう歩けなぁぁいよぅぅぉ~んんぅ」


と雄たけびを上げる声で目が覚めてしまいました。
幻聴かと思いましたよ。


起きてリビングに行くと、なんだか暗い。
もう8時なのに。
カーテンを開けると・・・


家が雪の中に埋まってる!
窓の外は雪、というか雪に埋まってる


こりゃイカンと思ったけど降雪は止まっているし、晴れ間も出てきてるようなので、パンを食べてコーヒー飲んで、ブル(ブルドーザー。雪が降ると来てくれる)が来てくれるのを待ってみるものの、昼前になっても気配がないので、完全山装備に身を固め、意を決して「おウチ掘り起こし」のために外に出ました。


完全に雪に呑まれてる。
雪に呑まれてる家


とりあえず窓のところだけ雪を掻くかってことで飛び込んでみると、「!!!」。
胸より上は雪の上に出てるけど、足が「固いところ」に着いてない。
こりゃ両腕の抵抗で沈まずにすんでるだけだ。
まさか自分ちの庭で胸パフのパウダーと戯れることが出来るとは(遊びじゃないけど)。


掘って掘って掘りまくって、ようやく3枚の窓を掘り起こして家の中に入ったけど、掘り出した雪が壁になったせいで外の景色は雪壁オンリー。
あんまり明るくはなりませんでした。


そして夜になったら、窓の外の雪壁を穿ち、キャンドルをひとつ。


小樽雪あかりの路は終わったけど、ここはぼくだけの雪あかり。
ぼくだけの雪あかり


ジオラマ作りは楽しいな。
小さな家


ブルは夕方やって来て、明日からは普通の生活に戻れそうです。

投稿者 hamayo : 21:16 | コメント (4) | トラックバック

2007年11月15日

粉砂糖をまぶしたように


ついに雪の季節がやってきました。
まだカラマツが金色の葉を落とさないうちに、雪はあたりの何もかもに降り積もりました。


ウチのまわりはすっかり冬景色です。
DSC_1024.jpg
 
 
 
山の上の方はどれくらい積もっただろうか。
DSC_1060.jpg
 
 
 
今シーズン一発目の寒気なのでまだヌルいけど、しばらくは寒い日々が続きそうです。
GFSによると、17日と20日は寒気の隙間に入って少し気温は持ち直すものの、波状攻撃的に小粒の寒気がうろうろするような感じみたいです。

そうそう。
海の向こうからやって来るアレは・・・
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

続きを読む・・・

 
・・・今こんな感じ。
 
 
 
Label/Receipt Number: ECxxxxxxxxxUS
Detailed Results:


Processed, November 13, 2007, 8:15 pm, SAN ANTONIO, TX 78246

Shipment Accepted; November 13, 2007, 2:01 pm, SAN ANTONIO, TX 78238

Electronic Shipping Info Received, November 13, 2007


マイナス15時間の時差と、更新されるタイミングとの関係で、微妙にズレがあるみたい。
とりあえず着実にこちらに近付いているようです。

 
・・・今こんな感じ。
 
 
 
Label/Receipt Number: ECxxxxxxxxxUS
Detailed Results:


Processed, November 13, 2007, 8:15 pm, SAN ANTONIO, TX 78246

Shipment Accepted; November 13, 2007, 2:01 pm, SAN ANTONIO, TX 78238

Electronic Shipping Info Received, November 13, 2007


マイナス15時間の時差と、更新されるタイミングとの関係で、微妙にズレがあるみたい。
とりあえず着実にこちらに近付いているようです。

投稿者 hamayo : 22:10 | コメント (0) | トラックバック

2007年11月12日

「風雪のビヴァーク」 松濤明

 
今月と来月はウィークデイにいっぱい休みをいただいてまして、人のいない静かな野山を歩けるぞと思っていたものの、もう11月も半ばとなると寒いし天気は不安定だしで、どうも気が乗りません。


なわけでそんな日は、山に思いを馳せるべく山の本を耽読するのも一興です。
山岳小説の古典、「風雪のビヴァーク」(著者:松濤明)を読んでみました。
山をやる人の中から、これを読んでない人を探す方が難しいくらい有名な随筆です。


初めて読んだのは中学校のときで、そのときはあまりピンとくることはありませんでした。
大学生になってまた読んでみたけど、やっぱりそれほどピンと来なかった。
そして、初めて読んだときから 20年以上経った今回、オトナになったぼくは今度こそピンと来るのだろうか。
山と渓谷社からよそいも新たに「新編」として出版されたものを読んでみました。


DSC_0707.jpg
 
 
 
「随筆」と書いたけど、もう少し細かくいうなら日記や紀行文に近いといえるでしょう。
今の言葉でいえば、これはまさしく Blogのスタイルと同じですね。


 ○月×日 雨
 J君と hogehoge山に登った
 
みたいな文が延々と続きます。


ただしその中身は、そこいらの山ヤが束になってかかっても敵わないような、とてつもなくハイレベルの登山日誌なのです。
14才の年には年間20回の山行、15才の冬に北アルプスや八ヶ岳、そして16才にして社会人山岳会に入ってからは数々の初登や第二登を記録していきます。
第二次世界大戦に動員され一時的に山を離れるも、復員後は活動を再開し、ふたたび登山史に残る輝かしい記録を次々と打ち立てていきます。


「風雪のビヴァーク」はただひたすらに、これらの記録が日付順に書きつづられていきます。
最後に聳え立っている、槍ヶ岳北鎌尾根への死の登攀というクライマックスに向けて、よどみなく、一歩一歩、淡々と進んでいきます。


どれほど素晴らしく煌びやかな初登頂の記録であっても、それは最後に待ち受ける死に接近していく一歩であり、ぼくがその輝かしいページを一枚めくるたびに、かれは死の尾根へと近付いていくのです。
 

続きを読む・・・

 
そして昭和23年12月21日、冬の北鎌尾根へ向けて登攀を開始します。
季節外れの大雨のために激しく消耗させられながらも、明けて昭和24年の元日には北鎌のコルにまで到達します。


悪天候に消耗していたのは身体だけではなく、冬山で飲料水を得るための命綱となるラジウス(コンロ、ストーブ)までもが破壊され、ガソリンを直焚きせざるを得なくなっていたほどです。


ラジウスが破壊されてしまったこの日こそが、彼の生死を分ける最後のターニングポイントになりました。
1月2日の日記には、このように記されています。


 <引用>
  動悸激しく、風雪は昨日にもましてひどいし、
  濡物もそのままなので一日沈殿。
  上るか、下るかの岐路に立つ。

 </引用>
 
 
ラジウスが壊れてしまったうえ、大雨のせいで衣服が濡れている状況では、冬の北鎌尾根の登攀を続けることなどほとんど不可能といえるでしょう。
それをしっかりと認識できていたゆえの「上るか、下るかの岐路に立つ」だったはずです。
ところが何ということか、彼はこの登攀の続行を決意するのです。


 <引用>
  入口閉塞その後二回。
  夜、星空となる。
  ラヂウスも応急修理で何とか燃えだしたので
  明日は登行とする。

 </引用>


もしラジウスが壊れたままだったら、もしこの夜も激しい風雪が続いていたら、彼ら(有元克己との2人パーティです)は翌日に下山を始めたんじゃないだろうか。
そう思えてなりません。


1月3日、不可逆点を超えて、回避不能の死の登攀を開始します。


1月4日には独標を越え北鎌平への途中でビバーク。
「有元ハ足ヲ第二度トウショウニヤラレル」とあります。


1月5日、なおも風雪は続き、身体も服も装備も何もかもが凍り付いて、アイゼンを付けることすら出来なくなり、ついに遭難を決定づける出来事が起きます。


 <引用>
  ・・・アイゼンツケラレズ、ステップカットデ
  ヤリマデユカントセシモ(有)千丈側ニスリップ
  上りナホス力ナキタメ共ニ千丈ヘ下ル・・・

 </引用>
 
(・・・アイゼンを付けられず、雪面をステップカットで足場を作って槍ヶ岳まで行こうとしたが、有元が千丈沢に滑落し、上がってくる力はもうないようなので、自分も共に千丈沢へ下る・・・)


恐らくは、千丈沢へ下降することを決めた時点で、彼らの遭難は決定的なものになっただろうと思うし、彼もまたそれを自覚していただろうと思います。
だけどもそれは、行間から読み取った推察にすぎません。
記された文章のみ注視するならば、彼はまだ死を考えてはいません。


そして 1月6日、最後の日。
のちに文学作品として高く評価されることになる遺書は、この一文から始まります。


 <引用>
  全身硬ッテ力ナシ.
  何トカ湯俣迄ト思フモ有元ヲ捨テルニシノビズ、
  死ヲ決ス
  オカアサン
  アナタノヤサシサニ タダカンシャ.

 </引用>
 
 
「このときの天候で一人で湯俣まで下りるなんて出来るものか」、というような論評もあるようですが、これまでにもっと困難な登攀を幾度となく成功させてきた彼の実力を考えれば、べつだん荒唐無稽なこととは思えないし、単独であるが故に容易になることもあります。


これはむしろ、生き残る力があるにもかかわらず死を選ぶことへのエクスキュース、と捕らえる方が自然だとぼくは思います。
ぼくはそれを、次の一文から確信しました。


 <引用>
  サイゴマデ タタカウモイノチ
  友ノ辺ニ スツルモイノチ
  共ニユク

 </引用>
 
 
書きたいことはもっとたくさんあったはずなのに、書ける場所はほんの数ページの手帳しかないのに、わざわざ二度も同じようなことを記したということ。
よほどこのことを強く伝えたかったのだろう、とぼくは考えます。
 
 
そして手記は終わりにさしかかります。
そこには不思議な一文が記されます。


 <引用>
  我々ガ死ンデ
  死ガイハ水ニトケ、ヤガテ海ニ入リ、
  魚ヲ肥ヤシ、又人ノ身体ヲ作ル、
  個人ハカリノ姿 グルグルマワル

 </引用>
 
 
これはいわずもがな、輪廻です。
この一連の北鎌尾根での手記だけを読むならば、不思議な印象は持たなかったでしょう。
けれど「風雪のビヴァーク」を最初から読み進めてくれば、松濤明の書く文章からだいたいの人となりが読めてきます。


ぼくは彼を、完全無欠の現実主義者だと思っていました。
たぶんその見方は間違っていないと思います。
そのように見ていた人間が、よもやこのような輪廻について書こうとは、まったく想像だにしませんでした。


死を前にして突如このような思念が浮かんできたのでしょうか。
あるいは元々この現実主義者の心の水面下には、実は仏教の思想がひそんでいたのでしょうか。
いずれにしてもこの一文は、声を出してしまうほど華麗な裏切りでした。


手記の最後は、この一文で締めくくられています。


 <引用>
  西糸ヤニ米代借リ、三升分、
 </引用>
 
 
西糸屋というのは、今も上高地にある山荘のことです。
彼はこの山行の準備として、12月12日に荷揚げを行っているのですが、その時の手記に「西糸屋にて干飯、餅各三升依頼。」とあります。


遺書の最後にそのことを書くなんて、よほど気がかりだったのでしょう。
後に残された人たちに、極力迷惑をかけないようにという配慮がうかがわれます。


でもここでぼくは、気付いてしまったのです。
三升分の次の文字は 「、」
読点なのです。
読点で終わる文章なんてあるはずがありません。


彼はまだ、書き終えるつもりはなかったんじゃないか?。
言葉は浮かんでいたのに、それを文字にすることができなかったんじゃないか?。


ついに指が動かなくなったのか、意識が混濁してきたのか、あるいはこの瞬間に絶命したのか、それは分かりませんが、この最後の読点にぼくの胸は強く締めつけられました。
 
 
 
死を覚悟した人間が、極限状態のさなかに何を考えどのような行動をするかなんて、ぼくにはまるで想像できないけど、この手記にある松濤明は、慌てたり取り乱したりすることもなく、きわめて冷静に必要な言葉を必要な分量で書き遺しています。


「生」のただ中にいるぼくよりも、「生」から最も離れた場所にいる彼のほうが美しく見える。
たとえ死の装飾がなくても、その美が陰ることはないでしょう。


自分が同じような状況に陥ったとき、こんなにも冷静で美しくいることができるだろうか。
最期の瞬間まで人間としての矜恃を持ち続けていることができるだろうか。


おそらくそれは、「その瞬間になってみないと分からない」などということは、ないのだと思います。
平凡な日常を無駄にせず、その時が来るまでの、死から遠く離れた日常をいかに生きるか、その積み重ねなんだろうと思います。


DSC_0703.jpg
 
 
 
メメントモリ。
それが読後に浮かんだ、ただ一つの言葉でした。

 
そして昭和23年12月21日、冬の北鎌尾根へ向けて登攀を開始します。
季節外れの大雨のために激しく消耗させられながらも、明けて昭和24年の元日には北鎌のコルにまで到達します。


悪天候に消耗していたのは身体だけではなく、冬山で飲料水を得るための命綱となるラジウス(コンロ、ストーブ)までもが破壊され、ガソリンを直焚きせざるを得なくなっていたほどです。


ラジウスが破壊されてしまったこの日こそが、彼の生死を分ける最後のターニングポイントになりました。
1月2日の日記には、このように記されています。


 <引用>
  動悸激しく、風雪は昨日にもましてひどいし、
  濡物もそのままなので一日沈殿。
  上るか、下るかの岐路に立つ。

 </引用>
 
 
ラジウスが壊れてしまったうえ、大雨のせいで衣服が濡れている状況では、冬の北鎌尾根の登攀を続けることなどほとんど不可能といえるでしょう。
それをしっかりと認識できていたゆえの「上るか、下るかの岐路に立つ」だったはずです。
ところが何ということか、彼はこの登攀の続行を決意するのです。


 <引用>
  入口閉塞その後二回。
  夜、星空となる。
  ラヂウスも応急修理で何とか燃えだしたので
  明日は登行とする。

 </引用>


もしラジウスが壊れたままだったら、もしこの夜も激しい風雪が続いていたら、彼ら(有元克己との2人パーティです)は翌日に下山を始めたんじゃないだろうか。
そう思えてなりません。


1月3日、不可逆点を超えて、回避不能の死の登攀を開始します。


1月4日には独標を越え北鎌平への途中でビバーク。
「有元ハ足ヲ第二度トウショウニヤラレル」とあります。


1月5日、なおも風雪は続き、身体も服も装備も何もかもが凍り付いて、アイゼンを付けることすら出来なくなり、ついに遭難を決定づける出来事が起きます。


 <引用>
  ・・・アイゼンツケラレズ、ステップカットデ
  ヤリマデユカントセシモ(有)千丈側ニスリップ
  上りナホス力ナキタメ共ニ千丈ヘ下ル・・・

 </引用>
 
(・・・アイゼンを付けられず、雪面をステップカットで足場を作って槍ヶ岳まで行こうとしたが、有元が千丈沢に滑落し、上がってくる力はもうないようなので、自分も共に千丈沢へ下る・・・)


恐らくは、千丈沢へ下降することを決めた時点で、彼らの遭難は決定的なものになっただろうと思うし、彼もまたそれを自覚していただろうと思います。
だけどもそれは、行間から読み取った推察にすぎません。
記された文章のみ注視するならば、彼はまだ死を考えてはいません。


そして 1月6日、最後の日。
のちに文学作品として高く評価されることになる遺書は、この一文から始まります。


 <引用>
  全身硬ッテ力ナシ.
  何トカ湯俣迄ト思フモ有元ヲ捨テルニシノビズ、
  死ヲ決ス
  オカアサン
  アナタノヤサシサニ タダカンシャ.

 </引用>
 
 
「このときの天候で一人で湯俣まで下りるなんて出来るものか」、というような論評もあるようですが、これまでにもっと困難な登攀を幾度となく成功させてきた彼の実力を考えれば、べつだん荒唐無稽なこととは思えないし、単独であるが故に容易になることもあります。


これはむしろ、生き残る力があるにもかかわらず死を選ぶことへのエクスキュース、と捕らえる方が自然だとぼくは思います。
ぼくはそれを、次の一文から確信しました。


 <引用>
  サイゴマデ タタカウモイノチ
  友ノ辺ニ スツルモイノチ
  共ニユク

 </引用>
 
 
書きたいことはもっとたくさんあったはずなのに、書ける場所はほんの数ページの手帳しかないのに、わざわざ二度も同じようなことを記したということ。
よほどこのことを強く伝えたかったのだろう、とぼくは考えます。
 
 
そして手記は終わりにさしかかります。
そこには不思議な一文が記されます。


 <引用>
  我々ガ死ンデ
  死ガイハ水ニトケ、ヤガテ海ニ入リ、
  魚ヲ肥ヤシ、又人ノ身体ヲ作ル、
  個人ハカリノ姿 グルグルマワル

 </引用>
 
 
これはいわずもがな、輪廻です。
この一連の北鎌尾根での手記だけを読むならば、不思議な印象は持たなかったでしょう。
けれど「風雪のビヴァーク」を最初から読み進めてくれば、松濤明の書く文章からだいたいの人となりが読めてきます。


ぼくは彼を、完全無欠の現実主義者だと思っていました。
たぶんその見方は間違っていないと思います。
そのように見ていた人間が、よもやこのような輪廻について書こうとは、まったく想像だにしませんでした。


死を前にして突如このような思念が浮かんできたのでしょうか。
あるいは元々この現実主義者の心の水面下には、実は仏教の思想がひそんでいたのでしょうか。
いずれにしてもこの一文は、声を出してしまうほど華麗な裏切りでした。


手記の最後は、この一文で締めくくられています。


 <引用>
  西糸ヤニ米代借リ、三升分、
 </引用>
 
 
西糸屋というのは、今も上高地にある山荘のことです。
彼はこの山行の準備として、12月12日に荷揚げを行っているのですが、その時の手記に「西糸屋にて干飯、餅各三升依頼。」とあります。


遺書の最後にそのことを書くなんて、よほど気がかりだったのでしょう。
後に残された人たちに、極力迷惑をかけないようにという配慮がうかがわれます。


でもここでぼくは、気付いてしまったのです。
三升分の次の文字は 「、」
読点なのです。
読点で終わる文章なんてあるはずがありません。


彼はまだ、書き終えるつもりはなかったんじゃないか?。
言葉は浮かんでいたのに、それを文字にすることができなかったんじゃないか?。


ついに指が動かなくなったのか、意識が混濁してきたのか、あるいはこの瞬間に絶命したのか、それは分かりませんが、この最後の読点にぼくの胸は強く締めつけられました。
 
 
 
死を覚悟した人間が、極限状態のさなかに何を考えどのような行動をするかなんて、ぼくにはまるで想像できないけど、この手記にある松濤明は、慌てたり取り乱したりすることもなく、きわめて冷静に必要な言葉を必要な分量で書き遺しています。


「生」のただ中にいるぼくよりも、「生」から最も離れた場所にいる彼のほうが美しく見える。
たとえ死の装飾がなくても、その美が陰ることはないでしょう。


自分が同じような状況に陥ったとき、こんなにも冷静で美しくいることができるだろうか。
最期の瞬間まで人間としての矜恃を持ち続けていることができるだろうか。


おそらくそれは、「その瞬間になってみないと分からない」などということは、ないのだと思います。
平凡な日常を無駄にせず、その時が来るまでの、死から遠く離れた日常をいかに生きるか、その積み重ねなんだろうと思います。


DSC_0703.jpg
 
 
 
メメントモリ。
それが読後に浮かんだ、ただ一つの言葉でした。

投稿者 hamayo : 23:14 | コメント (6) | トラックバック

2007年11月10日

霜降りる

 
事務所に出掛けようとおもてに出てみたら、霜が降りていました。
DSC_1023.jpg


車のフロントガラスです。
里に雪が降るのも、まもなくだなぁ

投稿者 hamayo : 07:45 | コメント (2) | トラックバック

2007年4月22日

冬の終わりの儀式

 
ようやく気温も二桁に届いた週末、黄砂に征服された空が山吹色の光を落とすなか、ひと冬はたらいてくれたウェアやギアの手入れをしました。


patagonia の パフライダージャケットには特にお世話になったので、念入りに洗濯してあげました。
山だけでなく通勤や町歩きにもフルタイムで着倒したせいか、すぐにどす黒い洗い水がでてきてびっくり。


冬には洗濯物を外に干すなんてできなかった。
DSC_9406.jpg
 
 
 
今年はじめて装備に加わったクライミングスキンは、保管方法がどうもはっきりしません。
サポートサイトではチートシートに貼り付けて保管となってるけど、暖かくなってきた4月には、たった2週間貼っていただけで粘着面が若干糸引き状態になってました。


なもんでクライミングスキンはチートシートを使わずに、粘着面同士を貼り合わせてひと夏をすごさせてみようと思います。
来シーズン剥がすときに、大胸筋を肉離れが襲うことが予想されそうなくらい、ブラックダイヤモンドのスキンの粘着力は強大ですけど・・・。
 
 
 
そういや今日は、選挙の投票日・・・

続きを読む・・・

 
   ・・・もちろん選挙には行ってきましたよ。
国民、市民として以前に、ヒトとしての責務ですから。

道新の出口調査を受けました。
前んときはたしかNHKだったかな。

 
   ・・・もちろん選挙には行ってきましたよ。
国民、市民として以前に、ヒトとしての責務ですから。

道新の出口調査を受けました。
前んときはたしかNHKだったかな。

投稿者 hamayo : 17:49 | コメント (4) | トラックバック

2007年1月27日

1月なのに、いかなご

 
アイスクリームパーラー美園で鍋焼きうどんを食べた帰りに長崎屋に行ったら、イカナゴが売られてました。


DSC_9272.jpg


兵庫県出身のぼくにとってイカナゴは、春がやってきた「印」みたいな魚。
中でもいかなごの釘煮はまさしく春の風物詩です。


通常なら北海道のスーパーにいかなごが並ぶのは、だいたい4月以降になります。
なので、1月下旬というこの時期にイカナゴがあるというのは、かなりおかしな感じがします。
今時期はイカナゴは産卵シーズンのはずなんです。


やはり暖冬のせいなのでしょうか。
梅や蝋梅がえらく早咲きになるくらいだから、1月にイカナゴがとれとれになっても不思議はないのかもしれませんね。

投稿者 hamayo : 22:03 | コメント (5) | トラックバック

2007年1月 8日

小樽 冬の嵐

 
昨日から今日にかけて冬の嵐に見舞われました。
冬の嵐ったって、いつもの冬なら週に5日は吹雪いてるのがフツーなのに、今年はどういうわけかちっとも吹雪ゃしないもんだから、たまにこういうデッカイ低気圧がやってくるとアワテフタメイテしまうのです。


しかしまぁこういう気圧配置というか気象場の動きは、あきらかに春先の展開ですね。
降雪が多いのは道東~オホーツク海側の地域ばかりで、小樽はチラチラといった感じで降り始め、低気圧が過ぎ去ってから風向きが北寄りになってくると、とたんに大雪に見舞われる。
ま、町場に雪が積もらないのは何かと好都合ではあるけれど、山に雪が積もらないのは困りものです。


だけど風は強い。
すっごく強かった。
一昨年9月の台風を思い起こさせるくらい強い風が吹いてる。
ありゃ巨大な掃除機だ。


でもウチにいて風を感じたということは、やはり最初は東寄りの風だったんですね。
うちは北西側は目の前に山の尾根が聳えてるので、正しい冬なら季節風はみな遮られるのです。
海に向かって開いている北東側から風が吹くと、ウチはモロに風がぶつかるのです。


風が強いのは町も山も関係なくイヤです。
昔は、「1年じゅう風が吹いてる町に住みたい」などとカッコつけた事を抜かしていましたが、何ごとにも限度というものがあります。
そよ風でいいんです。
暴風は勘弁だなぁ。


吠える43度12分19秒。
DSC_9147_thm.jpg


ウチは人里と山の境界線みたいなところにあるけど、それでも車の窓ガラスには塩が付いたりします。
この写真のような波しぶきが風に運ばれて山奥まで飛んでくるんでしょうね。

投稿者 hamayo : 23:21 | コメント (4) | トラックバック

2006年12月31日

ゆく年

 
ことしの小樽市の12月は、天候的には去年とは比べものにならないくらい暖かく、また安定していました。


降雪の深さ、最深積雪でいえば、それぞれ 206cm→112cm、85cm→44cm と約半分に。
平均海面気圧は、1008hPa→1018hPa と高圧気味に。
平均気温に至っては、-2.4度C→-0.5度C と、2度以上も高温気味でした。


大陸からの寒気についても、去年とは違いみな単発的な横滑り寒気だったため、冬型はせいぜい2日程度しか持たず、まるで春先のような天気変化の月でした。


そんな12月も今日で終わり。
そして今年も終わり。


ぼくのことしの勤務は昨日でおしまいでしたが、今日も朝から「アレはどうやるの?」とか「コレで間違ってないよね?」といった電話が仕事場から頻繁にかかってきて、イマイチ休みに入ったとは思えない2006年の大晦日。


ことしの12月は、仕事は天候と比例するかのように落ち着いていたものの、実は基幹システムのまるっこ入れ替えという大事業を、暮れも押し迫りつつある12月下旬に行う驚天動地の愚挙をやりやがったおかげで、結局てんてこまいの師走になってしまいました。


東京にいるSEさんたちは、不眠不休でシステムの安定稼働に汗を掻かれていたことと思いますが、かたやこちらではこういうときこそクラックする隙を探っておかねばと、まったく別の汗を掻いていたりして。


さて、ことし最後の夕日がカラマツ林の向こうに消えていきました。
二つの名を持つ夜が、宵の明星をより明るく輝かせています。
もうじき2007年。
来年も良い年でありますように。

ではまた。

投稿者 hamayo : 17:17 | コメント (6) | トラックバック

2006年12月 3日

最後のひと月

 
12月に入るやいなや、待ちかまえていたかのように冬将軍の到来です。


ただ、後志地方限定の狙い撃ちで降雪があった昨年とは違い、空知・上川地方が先行して積雪量を増やしていく例年どおりの展開のため、まだここいらの人たちはそれほど慌てている風ではありません。


とはいっても、うちの周りの積雪はすでに 20cm。
次に強い寒気が降りてくると予想されている 17日ころまでに融けなければ、これが根雪となります。


最後の一葉
DSC_5046_thm.jpg
263KB

投稿者 hamayo : 20:04 | コメント (3) | トラックバック

2006年11月11日

屋根の掃除

 
きょうは屋根の掃除をしました。


うちの裏山はカラマツの林になっていて、秋の終わり、本当に本当の終わりのこの時期、遠目にはそれはそれは見事な黄金色に輝く林なのですが、そのすぐそばに住むものにとっては、絶え間なく降ってくるカラマツの葉の処理に困るのです。


こちらの家の造りは、部屋の中で焚く暖房の熱で、あるていど屋根の雪を融かそうとします。
屋根の上に降り積もったカラマツの葉は断熱材の働きをして、雪が融けるのを妨げてしまうのです。
また、屋根上の排水路に葉がたまると、融かした雪が流れなくなってしまいます。


11月の風のない日、箒を持った人が屋根で働いている風景は、この季節この地域の風物詩と言ってもいい風景です。


道路の端に積もったカラマツの葉
DSC_5109_thm.jpg
465KB
 
 
 
11月に入り何度か寒気の流入が予想されていましたが、いつも直前に高温修正され、冬将軍どころか足軽以下のヘナヘナ寒気でした。
しかし明日12日は、上空5500mで -24度クラスが急速に流れ込んできそうです。


地表面がまだ高温のため、小樽で雪が降るかは微妙だけど、GFS の 15日辺りの画像を見ると、単発ながらも 上空1500mで -12度級の寒気が降りてきそう(5500m はむしろ東北地方の方が低くなってるけど)なので、いよいよ冬の到来は秒読み段階に入った感があります。

投稿者 hamayo : 11:15 | コメント (4) | トラックバック

2006年8月25日

君は兄弟じゃなくなりました、冥王星くん

 
先週取り上げた話題、太陽系の惑星の数は、結局 12個でもなく 9個でもなく、8個ということでおさまったようです。


ここ数年取り沙汰されてきた、「冥王星は惑星と呼ぶべきかどうか」という問題もこれで決着することとなりました。


まぁ、わたしたちがどう議論しようと冥王星は、今日も明日もこれまでと変わらずほの暗い宇宙空間を廻ります。
なにひとつ変わらずに。


今まで曖昧だった惑星の定義が、よりしっかりとしたものになったことは、とても良いことだと思います。
それ以外の点では、ホント どーでもいー事だと思っています。

投稿者 hamayo : 07:49 | コメント (2) | トラックバック

2006年8月17日

太陽系惑星、12個に

 
太陽系惑星、定義改定で3個増え12個に・天文学連合が提案
いきなり 12個なんですね~。


今まで冥王星の衛星とされてきた「カロン」は、冥王星とは互いに周囲を回り合う2連惑星として捉えるようです。


アステロイドベルトにある小惑星としては最大級の「ケレス」も、惑星に昇格するようです。


また、海王星より外側にある、公転周期が200年以上になるような惑星を、「プルートン(冥王星族、みたいな感じでしょうか)」と呼ばせるようです。


さらに、これ以外にもまだ 12個の天体が、惑星の昇格候補として挙がっているそうです。


まだこれは提案の段階で、今月 24日に議決をおこなう予定だそうなので、否決される可能性もあるんですけどね。
だけど個人的には、なんとなく違和感があるんだよなー。。。

投稿者 hamayo : 07:56 | コメント (0) | トラックバック

2006年5月28日

退院することができました

DJさん、バオヤッキーさん、陽花さん、FFさん、LIEBさん、あたたかいお言葉ありがとうございます。
またお見舞いに来ていただいた皆様、差し入れしていただいた皆様、病院のスタッフの皆様にも、感謝の気持ちでいっぱいです。

お風呂にはいるだけで、息切れしてしまうほど体力が落ちてしまいました(総合的に見れば、入院前よりも不健康になったと思う)。
ゆっくりと元の生活に慣れていくようにしないとダメですね。

入院なんて20年以上前にしたきりなので、まるで海外旅行に出掛けたみたいにいろいろな発見があって、それはまた忘れないうちに書き記したいと思います。

みなさま本当にありがとうございました。
ではまた近いうちに。

投稿者 hamayo : 14:44 | コメント (6) | トラックバック

2006年5月17日

実は、入院しています。

ちょっと診てもらいに行っただけなのですが、「入院した方が早く治りますよ」ということで、あっという間に入院が決定してしまい、いまちょっとだけ外出許可をもらって帰ってきました。


命に別状のない病ですので、いままで読めなかった本でも読みまくるつもりですが、朝6時から立て続けに5本の点滴が入るので、自由になるのは午後3時くらいからです。


たぶん2週間くらいで退院する予定です、
ではまた。

 
DSC_7209.jpg
病院前の桜が花盛り

投稿者 hamayo : 16:36 | コメント (5) | トラックバック

2006年4月29日

スプリングエフェメラル

スプリングフラッシュ前夜、それに先駆けてつかの間の命を灯す植物があります。
「春植物」、またの名を「スプリングエフェメラル」といいます。


林内の雪が融け終わるとすぐさま茎を伸ばし、葉を張り出し花を咲かせ、木々が葉を茂らせる前にめいっぱい光合成をおこなって種子を残し、夏を待たずして地上部を枯らし、次の春が来るまでのあいだ、地下の根茎でじっと命をつなぎ止めている、そんな儚い植物です。


雪解け直後の無彩色の林床で花を咲かせますので、彼女らの命のともしびはとても鮮やかです。
鮮やかすぎて、それがかえって痛々しく映ります。
 
 
DSC_6824.jpg
エゾエンゴサク

たいてい群生しており、早春の落葉広葉樹林の林床を、いちめん青紫色に染め抜きます。
 
 
DSC_6835.jpg
キクザキイチゲ

大きながく片は遠くからもよく目立ちます。
道央地方では多くが白花で、雪が消えた林床ではひときわ目をひきます。
 
 
DSC_6828.jpg
キバナノアマナ

黄色い花は、春を告げる花と相場が決まっているけれど、春真っ先に顔を出すのはこの花です。


スプリングエフェメラルに分類される種はいくつもありますが、ここ北海道ではこの3種がまず春の始まりを高らかに宣言します。


この3種は生息場所が似通っており、どれかひとつ見つけられれば、だいたい近くにほかの種を見つけることも出来るでしょう。


さてさて、いよいよ待ちに待った春がやってきました。
例年に増して長く厳しい冬だっただけに、今年の春はまた格別の感慨を持って迎えています。
花たちだけでなく、動物も、人も、みなそういう気持ちでこの日を喜んでいます。

投稿者 hamayo : 22:03 | コメント (5) | トラックバック

2006年4月15日

出てきた出てきた、ふきのとう~

雪が消えた大地のあちらこちらから、ふきのとうが顔をのぞかせはじめました。
 
DSC_6571.jpg
 
 
DSC_6597.jpg

 
雪が降る日はまだあるだろうけど、氷点下の気温になる日もまだあるだろうけど、もう冬は過去のできごと。
やわらかい日差しは、スプリングフラッシュが間近にせまっていることを教えてくれています。

投稿者 hamayo : 21:56 | コメント (3) | トラックバック

2006年3月18日

春、ひとつ見っけ

ようやく目視できる「春」を見つけました。


部屋に飾りたいけれど、花が咲くといちめん粉だらけになる(過去に経験済み)ので、写真に収めて壁紙にでもするかと、撮ってきました。
 
 
_DSC6496.jpg
 
 
_DSC6500.jpg
 
 
でもネコヤナギだけでは頼りない。
ふきのとう が出てくれないことには、まだまだ油断はできないのです。

投稿者 hamayo : 20:38 | コメント (5) | トラックバック

2006年3月15日

ネコ

動物に好かれます。すごく。


あるお宅でノートPCのキーボードを叩く。
動くものに興味をしめす若いネコは、ぼくの指を追いかけます。

タイピングをやめ指が止まると、尻を振り振り獲物を捕まえるポーズを見せます。
そして指に飛びかかってきます。


またあるお宅では、黙々と作業をしているぼくは、背後に気配を感じます。
そこにはネコがいて、じっとぼくの一挙手一投足を見つめています。

「あら~、昨日来た電気屋さんには怯えて逃げていったんだけどね~」
「匂いで分かるのかしら?」

何が分かるの?。
なんの匂いで?。


ペンオペレーションPCを使うこともあるぼく。
やはりネコの興味をひくのは、タッチペン。

そのペンの動きにそそられるのはもちろんのこと、モニタにタッチすると音が鳴るようなオペレーションなどしようものならネコまっしぐら。
ちょっと目を離した隙にモニタを触る触る。
車に行って戻ってきたら、デスクトップのアイコンがそこらじゅうに散らばってたり。


いやー、ネコは大好きなんですけど、ネコの毛アレルギーなんですよ。
でも昔はネコ飼ってました。
一年中、くしゃみ、鼻水、涙目の三重苦でしたけど、ネコが好きだったんで。
 
ノラネコをパチリ。去年の秋。 
_DSC4906.jpg
 
 
いまは飼ってません。
ネコ温度計のネコをかわいがってます。

 『ネコ温度計観測所』
 http://oshige.com/cat/blog/

投稿者 hamayo : 22:18 | コメント (4) | トラックバック

2006年3月11日

すかっと晴れんなぁ

ひっさしぶりのお休みでしたが、ダーク&ヘヴィネスな空模様で気分は沈みがちな土曜日。


以前 三寒四温のことを書きましたが、よーく考えるとこの周期で天気が移り変わっていくと、毎週末おなじような天気になってしまうんですよね。
1週間は7日なので。


振り返ると今年の冬は、お休みの日はとことん天気に恵まれなかったです。
まぁ冬の北海道日本海側の、平年の晴れ日数や日照時間なんかを見ると、晴れの日に当たるにはかなりの幸運が必要なことが分かります。
それでも今年はひどすぎた・・・。


明日はまたお仕事です。
早く寝よ。
 
 
ダーク&ヘヴィネスな空
_DSC6304.jpg

 
春は海から。夕刻の岬。
_DSC6324.jpg

投稿者 hamayo : 22:35 | コメント (2) | トラックバック

2006年2月25日

2月25日は何の日?

今週は寒気の南下もなく、850hPa の 0度線が北海道南岸に掛かる日もあるくらいで、ほんのいっときだけど春を感じさせる陽気となりました。


林の中で、雪を割ってエゾアジサイの新芽が顔をのぞかせているのを発見。
_DSC6297.jpg
 
 
すぐそばで、昨年の夏の名残、アジサイのドライフラワーも。
_DSC6299.jpg

 
 
明日後半には寒気の中心が北海道を通過。
ふたたび冬に逆戻りしそうです。


この季節、三寒四温と人はいうけど、ここ北海道で「温」と感じるのはせいぜい一日限り。
以前より長くなった昼の時間に、光の春を感じる 2月25日。


今日は、小樽の平年での積雪量が、減少に転ずる境界日。
これで、気温、日照時間、降雪量、積雪量、すべてが冬の頂点を越えました。


春になったらどんなことをしようか、いっぱい計画を練りつつ、もう少しの我慢です。

投稿者 hamayo : 20:40 | コメント (2) | トラックバック

2006年2月 4日

立春ですか

先週は気温がやや高めの日が続き、高気圧と低気圧が交互に日本付近を通過し、東海上での低気圧の発達も大きくなく、おや? これはいよいよ春の兆しですかい、と思ったのもつかの間、寒波がやってきています。


北海道の上空は、500hPa で -40度級の寒気コアが次々と通り抜けて行く状況にあり、本州に目を向けても 850hPa での -6度線が九州の南まで下がっています。


まぁ早い話し、今冬のピークになるであろう寒気が、わざわざ立春の日に合わせてやって来た、ってことです。


立春の風景 ・・・とは思えん重苦しさ
_DSC6153.jpg
 
 
 
ほんでもって、千歳空港が久しぶりにマヒしてしまった、ってわけです。
早く回復してくれないと困るんです。
あす同僚が、1週間の休暇を取って New York に行くので、飛行機には飛んでもらわないと困るんです。

この日のために死にもの狂いで働いてきた彼。
もしも New York 行きがおじゃんになっちゃうと、ほんとに狂ってしまうかもしれないんで。

投稿者 hamayo : 22:37 | コメント (5) | トラックバック

2006年1月14日

宵待月

月はいつでもやさしい光をぼくにそそいでくれます。
ぼくの心のとがったところをなでてくれます。
血液の温度をさましてくれます。
 
 
午後から銭函で仕事があって、それも行く前から大変だと分かっていた仕事で、そんでやっぱり想像どおり大変な仕事で、あー週末なのにヤだね~と言いながらもせっせと仕事をこなし、さぁ帰るかと外に出てみたら、石狩湾に浮かぶ宵待月。
 
F1000004.jpg
 
ケータイで撮影した画像だけど、レタッチすればけっこう見られるもんだわい。

投稿者 hamayo : 23:22 | コメント (3) | トラックバック

2006年1月 9日

仕事、仕事、仕事、雪掻き、仕事・・・

年が明けてからというもの、来る日もくる日も降雪が続き、雪掻きをしない日はありません。
毎日が雪との戦いです。


自然と戦っても勝ち目はありませんが、戦わないと負けてしまいます。
勝つために戦うのではなく、負けないために戦わなくてはいけません。


昨年の 12/23 に屋根の雪下ろしをおこなったばかりだというのに、もうはや屋根上の積雪は 150cmに達してしまいました。


北海道の雪はパウダーなので、北陸地方の湿雪のように雪が家屋が倒壊させる危険はほとんどありませんが、ライフラインや煙突、アンテナを守るための雪下ろしはせねばなりません。


以前この家に住んでいた人に聞いたところ、ひと冬に2回は屋根の雪下ろしが必要だよ、とのことでしたが、まだ年が明けたばかりだというのに、もう2回目の雪下ろしです。


記録的な大雪となり、春の到来を一ヶ月遅らせた昨年の1月の値を、すでに大きく更新しています。

 『小樽 2006年1月 の気象
 
 『小樽 2005年1月 の気象
 
 
このまま行くとどうなってしまうのか、ほんとうに心配になってきます。
あと3ヶ月、まだまだ冬は続きます。
 
 
 
戦い終わって、見上げれば月夜。

_DSC6056.jpg

投稿者 hamayo : 23:06 | コメント (4) | トラックバック

2006年1月 1日

2006年の始まりです

旧年中はおおぜいの方にご訪問いただき、hamayo にとってたいへん嬉しい年となりました。
 
新しい年になっても、変わらぬご愛顧のほどよろしくお願いいたします。
 
_DSC5881.jpg

投稿者 hamayo : 21:11 | コメント (3) | トラックバック

2005年12月23日

たまの晴れ間に雪下ろし

久しぶりの晴れ間、屋根の雪下ろし日和です。


天気予報では終日曇り時々雪を発表していましたが、積丹半島沖の雪雲は南進ではなくやや南東進し、規模も小さく陸地には影響しないと判断、一気にやってしまうことにしました。


雪は北側の方が多いですが、南側は陽が当たることによって融雪が進み、氷になっているところもあります。
煙突が埋もれかかっています。
_DSC5789.jpg

 
 
 
そして、電気、電話、光ドロップのライフラインも、やばいことになりつつあります。
_DSC5793.jpg

 
 
 
屋根に上がるためのハシゴです。
ここが雪庇に覆われると、屋根に上がることさえ困難になります。
_DSC5790.jpg
 
 
 
ハシゴを上がると、煙突さんのアタマが助けを求めていました。
_DSC5795.jpg

 
 
 
雪はただ下ろせばいいというものではありません。
踏み抜くと危険なので、まず雪庇を落としていきます。


スコップで切れ目を入れていきます。
_DSC5799.jpg

 
 
 
そしてテコの原理で重たい雪塊を落とすため、支点となるべき箇所にスコップを差し込みます。
_DSC5800.jpg

 
 
 
力点をぐいっと押し込んで、雪塊を落とします。エイッ!。
_DSC5801.jpg

 
 
 
でも四辺の雪庇をすべて落としたところで力尽き、内陸部の雪はそのままにして、とりあえず今日は終了しました。
いちおう無落雪屋根なので、全部を落としきる必要はないのです。

これで新年を迎える準備、ひとつ完了です。

投稿者 hamayo : 21:04 | コメント (7) | トラックバック

2005年12月13日

蝶を放つ

あるかどうか分からない選択肢を探している時間はもうありませんでした。
人間のそれよりも 20,000倍の速度ですぎていく彼女の一生を考えると、譲歩や留保、猶予なんてものを探している時間はありませんでした。


一刻も速くぼくはそこに行き、彼女を解き放つこと。
何にもまして最優先で、それを実行し、そしてやり遂げること。


後部座席に置いたシートベルトをかけた箱の中に彼女を入れて、吹雪のために速度規制がかけられた高速道路を、東に向けて走りました。
ある植物園をめざして。


きのうまでは雪がなかったらしいこの町にも、昨夜の寒波で雪が積もり、園内に人の影は見えません。
足跡のない雪道の先に、熱帯の植物を一年中観察できる温室がありました。


ぼくはこの温室の中にアゲハチョウを放すために、ここに来ました。
熱気の中にただよう甘く濃い芳香は、足下から頭上まで覆い尽くす色とりどりの花のもので、花のいくつかには蝶がとまって蜜を吸っています。


不思議な場所でした。
だれかの空想の中に迷い込んでしまったかのような、とても不思議な場所でした。


外は吹きすさぶ雪で真っ白なのに、窓ガラス1枚隔てたここには、永遠の夏がありました。
この場所のことをだれかに伝えたら、ふっと消えてなくなってしまいそうな、そんな儚く不思議な場所でした。


オレンジ色の小さな花に、そっとアゲハチョウをつかまらせました。
アゲハチョウは少し驚いた様子で羽をばたつかせ、そのたびに茎の細いオレンジの花が上下に揺れました。
 
_DSC5729.jpg
 
 
ぼくの手を離れるまでは、とうていひとりでは生きていけないような か細い体をしていたような気がしましたが、いま目の前にいる オレンジ色の花にとまっている彼女は、しっかりと花びらを掴み、蜜を吸い上げ、自信に満ちた目をしているように見えました。


アクエリアスではない、ほんとうの花の蜜を口にしたことで、ようやく自分が生きていることのを実感したのかもしれません。
そして彼女は、生まれて初めて大きく羽を広げ、またべつの花へと飛んでいきました。

投稿者 hamayo : 22:51 | コメント (7) | トラックバック

2005年12月 8日

アクエリアスが好物です

アゲハチョウは元気です。
シュレッダーの中は広くはないですが、枯れ枝で組んだ櫓の周りを、ジャングルジムを登るかのように、散歩しています。

自分で食べ物を摂取しようとはしないので、エサは人間があたえなくてはいけません。
はじめ砂糖水を食べさせようとしたのですが、濃度が合わないのか全然食べてくれませんでした。


スポーツドリンクがいいよと言う記事を見かけたので、アクエリアスを買ってきてあたえたところ、ゴクリゴクリと音が聞こえそうな勢いで食べてくれました。


おなかがすいている時は、アクエリアスで湿らせたティッシュペーパーに蝶を近づけるだけで、自ら食べようとしますが、通常はぼくが口吻(クルクルしたヤツ)をのばしてあげて、ティッシュペーパーまで誘導します。
_DSC5705.jpg
 
 
 
食べた後はすごい勢いで羽をばたつかせます。
櫓が崩れるくらい羽ばたきます。


今夜も電気を消してカバーを掛け、眠りにつきます。
お花畑の中を飛んでいる夢、見てるかな。

投稿者 hamayo : 22:10 | コメント (4) | トラックバック

2005年12月 4日

羽化━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!

すっかりぽっこり忘れていたキアゲハの蛹が、今朝起きたら羽化してました。

_DSC5629.jpg

 
 
小樽市では昨日、この冬初めての真冬日を観測し、家の中はストーブ焚きっぱなしだったため、暖かくなりすぎて春が来たと勘違いしたのでしょうか。
 
 
でもどうしましょう。
外はもう真冬です。
いやはや、困った困った。。。

投稿者 hamayo : 17:34 | コメント (7) | トラックバック

2005年11月10日

ボタン、ユーザビリティ

Webページにおけるユーザビリティとはなんぞや?、なんてことを ぼくは普段よく気にかけています。
そのボタンは、どれほどの人にボタンであると認められ、どれだけ多くの人がボタンを押してくれるか、みたいなことを。


町を歩いていると、押したい衝動を抑えるのに困るような、立派なボタンにであうことがあります。
金属の無機質な無骨さにガードされ、ひっそりと置かれた優美な丸み。
一面無彩色のなかでひときわ鮮やかに輝く赤のボタン。
 
_DSC5517.jpg
 
 
これほどまで触れてみたくなるボタン、そうそうあるものではありません。
まさに King of Button.
徳を積んだ聖人でさえ、ピンポンダッシュの誘惑に心を奪われるに違いありません。

投稿者 hamayo : 22:24 | コメント (5) | トラックバック

2005年11月 9日

初雪

昨夜の嵐で、木々の葉がみんな落ちてしまったから、だから今朝は窓の外が明るいんだと思って外に出たら、雪が降っていました。
 
_DSC5549.jpg

投稿者 hamayo : 07:39 | コメント (6) | トラックバック

2005年11月 6日

きいろい風景

_DSC5508.jpg
 
黄色くて、きいろくて、あんまり美しい黄色だったから、息を止めて写真を撮りました。

投稿者 hamayo : 19:34 | コメント (3) | トラックバック

2005年11月 5日

白樺の林、落ち葉、散歩道

_DSC5307.jpg
 
葉が落ちた林はぐっと見通しが良くなって、陽光が地面を照らすことなんてなかったこの散歩道には、白樺が長い影を何本も落としています。

足下からのカサカサという音を聞きながら散歩道を歩けるのは、冷たい雨が落ち葉を濡らすまでのあいだの、ほんの数日しかありません。

投稿者 hamayo : 07:46 | コメント (3) | トラックバック

2005年9月14日

イモムシくん、その後

今秋はじめて、毛布がないと寝られないほど気温が下がった朝、一匹のイモムシくんの息が絶えました。


昨日までは丸々としていたのに、今朝はもう クタっとしていました。
外骨格でも内骨格でもないイモムシだけど、死んでしまうとハリが無くなってしまうものなんですね。


そこで朝出がけに、残されたもう一匹の方を家の中に入れました。
こちらもほとんど動かなくて、仕事から帰ってくるまで息があるかどうか?、という具合でした。


そして家に帰ってくると、イモムシくんがいません。
段ボール箱からいなくなっていたのです。


食草を一緒に入れていたから、いなくなるはずがありません。
それなのにいないということは、何者かに食べられてしまったか、サナギになる場所をさがす旅に出たかのどちらかです。
結果的にイモムシくんは、パソコンの部屋の天井で、サナギになっていました。

_DSC4590.jpg
 
 

段ボール箱からの距離は、およそ 10m 。
一日中いちまいの葉っぱの上で暮らしていた、あの動きのない生物がこんな距離を?、そしてなぜこの場所なのか?、という疑問の答えが探せませんが、とにかくイモムシくんはサナギになりました。


時期的には越冬サナギになる可能性がありますが、部屋の中なのでたぶん今月中には羽化すると思います。
目が覚めると部屋の中をキアゲハが飛んでいる。
そんな朝が来るといいなぁ。

投稿者 hamayo : 23:25 | コメント (4) | トラックバック

2005年9月 8日

さよなら熱帯の低気圧

タイフ~ンが去りました。

ちょうど去年の 18号のときと同じコース、同じ強さ、同じ日にやってきたので、町の人たちはみな覚悟を決めて待ちかまえていたのですが、ここ小樽市ではほとんど被害はなかったみたいです。


ぼくの家の周囲は、南西側に低い尾根が走っているために、今回のように台風の東側に入る危険コースでも、比較的 雨風はあたらないようです。


玄関横のウドの葉っぱに、2匹のキアゲハの幼虫がしがみつき、じっと嵐が過ぎるのを耐えているのを見つけたので、家の中にかくまってやることにしました。
 



【イモムシが嫌いな人もいるだろうから、子窓で開きます】
 
 
小さな体に似合わず大食漢で、仕事から帰ってくると、茎だけになった葉っぱが何枚もありました。


そして今朝、青空が見えてきたのを確認して、また玄関横のウドの葉っぱに戻してあげました。
しばらくは晴天が続き、気温も夏の陽気が戻ってくるそうなので、このまま順調にさなぎになり、羽化してくれることをこころから願っています。

投稿者 hamayo : 22:33 | コメント (4) | トラックバック

2005年8月 7日

田舎とは

学生が親元をはなれ下宿なんかすると、決まって田舎から野菜や米やお菓子なんかが送られてくるようですが、ウチは実家が政令指定都市の都会にあって、ぼくが地方の学校に通ったもんだから、そんなことは一度もあった試しがありません。


それは勤め人になった今も同じで、作物の収穫時期になると、こっちから実家にものを送ります。
今年はメロンを送りました。
夕張メロンよりも糖度が高いと評判の、キングルビーメロンです。


去年も送りましたが、めっちゃくちゃ美味しいそうです。
挫折の人生に跪いている人がこれを口にした途端、もう一度やり直してみるかと思い直すくらい美味しいそうです。


でもぼくは食べたことがありません。
買えないです。こんなに高い果物。
だれか買って下さい。

続きを読む・・・

「田舎」ってことばには、人口の少ない辺鄙な土地という意味だけでなく、親の実家(祖父母の家)という意味もあります。
でもこの2番目の意味をぼくが解したのは、かなり最近になってからのことです。

ぼくの実家はぼくの住む町より都会ですが、祖父母の家はさらに都会だったので、夏休み明けに学校の先生に「田舎に帰ったのか?」と尋ねられると、かならず「いえ、都会に行ってました」とマジメに答えていたものです。

今でも「田舎はどこ?」と聞かれると、ちょっと答えるのに時間がかかってしまいます。

「田舎」ってことばには、人口の少ない辺鄙な土地という意味だけでなく、親の実家(祖父母の家)という意味もあります。
でもこの2番目の意味をぼくが解したのは、かなり最近になってからのことです。

ぼくの実家はぼくの住む町より都会ですが、祖父母の家はさらに都会だったので、夏休み明けに学校の先生に「田舎に帰ったのか?」と尋ねられると、かならず「いえ、都会に行ってました」とマジメに答えていたものです。

今でも「田舎はどこ?」と聞かれると、ちょっと答えるのに時間がかかってしまいます。

投稿者 hamayo : 21:58 | コメント (1) | トラックバック

2005年6月29日

50cm越え アメマス

家のそばを流れている川で、50cmオーバーのアメマスが釣れたそうです。
成長すれば 70cmを越える個体も出てきますが、まぁ 50cm以上になれば「大物」と呼んでもいい、そういった魚です。


川といっても成人男子が走り幅跳びで飛び越えられるていどの川幅しかなく、ささやかな岩場がささやかな落ち込みを作っているささやかな小川です。


そんな小さな川で大物が上がったということで、けっこうな騒ぎになっているらしいですが、住人のぼくはそんなことは全然知らず、遠くの町に住んでいる知り合いから聞かされて、初めて知ることになりました。


2匹目のどぜうを狙おうと、今週末はみなこぞってやって来るらしいですが、この川に詳しい人に話を聞くと、

 「大物はもう釣れない」
 「誰も釣りに来なければ来年も大物が釣れる
  だろう。」
 「みんなで小さいのを釣り上げてしまうと、
  5年くらいは大物は釣れなくなるだろう。」
  
とのこと。

あたりまえといえばあたりまえなのですが、捕獲者が一箇所に集中すれば、資源はより容易に枯渇してしまうものです。
小さな川であればなおさらです。


○○の通った跡はペンペン草も生えない、なんていう言い回しがありますが、この小川がそうならなきゃいいなぁ、と思いました。

投稿者 hamayo : 21:34 | コメント (5) | トラックバック

2005年6月15日

季節の極点

5月19日の blog で、「北風が窓をたたいた翌日は、山の尾根が真っ白になっています」と書きましたが、一ヶ月経つやたたずのうちに、もう早や真夏の熱気が山々を包み始めています。


きょうの朝は、蝉時雨で目が覚めました。
降雪、桜の開花、木々の芽吹き、ライラック、そして蝉時雨。
ひと月のうちに、3つの季節の季語が現れる北海道の 5月 , 6月 は、山や森から目がはなせないシーズンです。


そしてもうすぐ夏至がやってきます。
こんな悲しいことはありません。
昼の時間はもう短くなっていくいっぽうで、そしてテレビからは 新型の石油ストーブのCMが流れ始めるのです。



(50秒)125KB

投稿者 hamayo : 22:23 | コメント (5) | トラックバック

2005年6月 5日

起重機船、いまだ出て行かず

今日もヤツはずっとそそり立っていました。
どうしたんでしょうか。

ケータイでムービー撮ってきました。

起重機船_富士
(25秒)470KB


ってことは、、、

続きを読む・・・

まだテレビの映りは回復してないんだろうな。。。

まだテレビの映りは回復してないんだろうな。。。

投稿者 hamayo : 22:37 | コメント (4) | トラックバック

2005年6月 4日

聳えたつ船

今週はじめ小樽港に入港した巨大クレーン船が、今日 岸を離れていきました。(たぶん)。
みんなクレーン船と呼んでいましたが、正しくは起重機船「富士」というもので、その高さは 130m 以上にもなり、ここら辺の人達が高さの目安にする、さっぽろテレビ塔 に迫る高さです。


高層建築がまったく存在しない小樽の町ですから、町の中のいろいろな場所からその威容を目にすることが出来ていたのですが、ある事件が発端になって、クレーンは首を伏せて休みを取ることになりました。


その事件とは、とある放送局のテレビだけ映りが悪くなった、というものです。
苦情が多発したのは、放送局の送信所と起重機船とを結んだ直線の延長上にある地域だけだったので、犯人はすぐにこのクレーンだと分かったそうです。

首を下げる以外にとくに打つ手もなく、出航する 6/4 以降は映りもよくなるでしょう、という地方都市らしいのんびりした結論にいたったようです。


それにしても電波を妨害するほどのその図体、ぼくもそばに行って眺めてみましたが、地上の物体との遠近感がなかなか掴めず、眼のピント調整能力がヘンになるくらいの巨体でした。
いまごろは船首を北へ向けて(どっちが前かよく分からんけど)、サハリンを目指していることでしょう。

 『小樽ジャーナル:News』
 http://www.webotaru.jp/news/2005/05/0528-1.htm

投稿者 hamayo : 20:30 | コメント (3) | トラックバック

2005年5月19日

春はいずこ

風呂上がり おもてに出てみると、北東の空で 3つの一等星が、夏の大三角を描いていました。
ここからは山影で見えないけれど、きっと南の空では さそり座が這い上がってきている頃合いです。


夜空の星は初夏の配置を始めているというのに、地上ではいまだに春を感じ取ることができません。
夜中 北風が窓をたたいた翌日は、山の尾根が真っ白になっています。


開花から満開までが最速と言われる北海道の桜は、ようやくだらだらと咲き始め、だらしなく葉を吹きだしてきたところです。
本当ならライラックが咲き始めてもよい時期なのに、その足下では水仙の黄色い花が、重そうに風に吹かれています。


500hPa高層予想天気図をみると、平年値からの負偏差域(低温場)が、アリューシャンから日本の北東部にまで広がっていて、寒気の影響を受けやすくなっているようです。

予想図では、東日本では徐々にこの傾向も弱まりつつあるようですが、負偏差域はなおも北日本を覆い続けるとのこと。
最新の 500hPa高層天気図でも、北京市北方に寒気の中心があって、トラフが日本付近にせり出している様子がうかがえます。


今年の北海道は、いったいいつになったら暖かくなるのでしょう。
スプリングフラッシュを味わうことなく、夏を迎えてしまうのかと思うと、人生を丸一年損したような気分です。

投稿者 hamayo : 23:21 | コメント (4) | トラックバック

2005年4月10日

新しもの好きの北海道民

いっときテレビによく顔を出していた、佐野実さんという人のラーメン店「支那そばや」が、札幌駅地下にオープンしたみたいです。
'みたいです'と書いたのは、確信がないだけのことです。

シュレッダーを買いにヨドバシに行ったのですが、やはり旬の商品だけあって飛ぶように売れているらしく、ほとんどの製品が取り寄せになっていました。
しかたなくBICに行くことにしたのですが、みぞれが降っていたので地下街を行くことにしたのです。

すると飲食街のある一角が、人で埋め尽くされています。
それは飲食店の前にできた長い行列でした。
まだ午前10時だというのに、ご苦労な話しです。

BICには、案の定たんまりとシュレッダーの在庫があり、購入しました。

お昼前に例の一角の前を通ると、行列はさらに長くなっています。
さっき列の真ん中あたりにいた人は、まだ店に入れていないようです。
なんともはや。

ぼくは向かいの天ぷら屋で昼を摂りました。
天ぷら屋の揚げ職人さんも、あっけにとられたような顔で行列をながめています。

天ぷら屋を出て歩いていると、佐野実さんが他の店から出てきました。
挨拶回りでもしているのでしょう。
「支那そばや」がオープンしたんだ、とぼくが思ったのは、この目撃情報だけからです。
暖簾もなんも見えないくらい混雑してたので。

芸能人じゃないのであんまり関係ないのだろうけど、「オーラ」はまったくまとっていませんでした。
それどころか、はなはだ失礼な話しではありますが、重い病を患ってらっしゃるのかと思うくらい、顔色がすぐれませんでした。
あまりにも札幌が寒くて体調を崩されたのでしょうか。

1年後にまだ店が健在だったら、食べてみようかと思います。

ちなみに・・・

続きを読む・・・

・・・いままで街角で偶然出合った芸能人で、もっとも強烈なオーラをまとっていたのは、大阪梅田のホワイティうめだで見掛けた 桂文珍さんです。

身長はあまり高くない方のはずなのに、近づくにつれてずんずん大きく見えてきたのです。
そばを通るときには、耳がつんとするような圧迫感が、全身を押しつけてきました。
文珍さんが通り過ぎたあともしばらく、呼吸を整えられずにいたことを覚えています。

・・・いままで街角で偶然出合った芸能人で、もっとも強烈なオーラをまとっていたのは、大阪梅田のホワイティうめだで見掛けた 桂文珍さんです。

身長はあまり高くない方のはずなのに、近づくにつれてずんずん大きく見えてきたのです。
そばを通るときには、耳がつんとするような圧迫感が、全身を押しつけてきました。
文珍さんが通り過ぎたあともしばらく、呼吸を整えられずにいたことを覚えています。

投稿者 hamayo : 22:58 | コメント (10) | トラックバック

2005年3月18日

さようならさっぽろ

明日はいよいよお引っ越しです。
しばらくはネット難民です。

長年親しんだ REMORT_HOST、hkdx-p1xx.flets.hi-ho.ne.jp ともこれでお別れかと思うと、ちょっと感傷的な気持ちになってしまいます。
Hi-Hoのメールサーバー、スパムでパンクしませんように・・・。
っていうか、アカウントが解約されませんように・・・。
NTTと仲良く相談して、段取りよく事務処理してくれますように・・・。

ではまた。

投稿者 hamayo : 21:18 | コメント (1) | トラックバック

2005年3月10日

史上最悪のバースデー

「盆と正月がいっぺんにやって来る」という言い回しがあるけれど、今年のぼくの誕生日、インフルエンザとぎっくり腰がいっぺんにやって来ました。

世界中の不便さを集結させたかと思うくらい、著しくユーザビリティの欠如した 東T会病院というところで、4時間にも及ぶインフルエンザを悪化させるための荒行を受け、ほうほうの体で家に帰り、たったひとつの収穫である熱冷ましの薬を飲んで眠りについたのが、先週の木曜日。

明け方大きな咳で目が覚めました。
数回大きな咳を続けたその時、閃光とともに腰に疼痛が走りました。
まるで真夏の午後の雷雲を飲み込んでしまったかのような 激しく強大な痛みが、からだの中心から末端に向けて走り抜けていきます。

痛みだけならなんとか耐えられると思ったのだけど、インフルエンザの咳を止めることだけはどうにも困難で、だけど咳をすると(というか咳なんて絶対にできない)痛みは耐え難いものになるので、しかたなく救急車を呼んだのが夕方の5時。

運ばれたのは N記念病院。
X線とMRIで腰を観察してもらい、骨は異常なしとのこと。
座薬と痛み止めの注射を打ってもらい、この時点で皮膚の感覚はほとんど無くなりました。

それでも腰はなお痛むので、硬膜外ブロック注射を背骨に一発打ってもらいました。
聞きしに勝るその効果は、痛みはもちろんのこと、下半身の感覚をすべて消し去ってくれました。
自分の意志では足の指さえも動かすことができません。

1時間ほど横になって休んでいるとようやく徐々に薬が抜けてきて、なんとかタクシーに乗って帰ることが出来たのが、午後10時すぎ。

それからずっと今日まで、ただひたすら横になって寝ているだけの、安静の日々。
インフルエンザはいったいいつの間に治ったのか?。

投稿者 hamayo : 21:34 | コメント (5) | トラックバック

2005年2月14日

さようなら文庫本たち

引っ越しを機に、うんと溜まった小説の文庫本を古本屋に売ることにしたのです。
200冊くらいを処分すると決め、そのうち売れそうな本だけを、週末に古本屋に持ち込んできました。

でも買い取ってくれたのは、たったの20冊だけでした。
しめて 1,000円です。

ぼくは本を読むときに、しおり代わりにページの角を折る癖があるのです。
ヒモが付いてる新潮文庫であっても、やっぱり角を折ってしまいます。
そのせいで、ほとんどの本が売り物にならなかったようです。

売れなかった本は、メトロ文庫行きです。
ページの角を折ったぼくの本でも、カバーがなかったり、背中がばっくり割れたり、線引きまくりのメトロ文庫の中では、きっと特上品でしょう。
地下鉄利用者の手の中で、第二の人生を送って下さい。

投稿者 hamayo : 22:18 | コメント (1) | トラックバック